「サッカーコラム」日本の指導者が意識するべきは試合で使える「本当の技術」

FC東京―磐田 前半、ドリブルで攻め込むFC東京・久保建=味スタ

 「両チームのGKは今日、ユニホームを洗濯しなくてもいいね」

 隣に座る仲間と、そんな話が出てくるような試合内容だった。5月12日に行われたJ1第11節のFC東京対磐田は、終盤までGKがきわどくセービングする場面などはほとんどない試合だった。ただ、「プレー強度」はかなり高い。前半にFC東京の選手が見せた動きからは「後半まで持つの?」と疑問がわき上がるほどの飛ばし方だった。

 サッカーという競技のハイライトは、言うまでも無く「ゴール」だ。そのにおいが薄い試合はおしなべて退屈になってしまう。加えて、この日のように両チームが激しくプレスをかけ合うと、さらにゴールは遠くなる。前線や中盤からの「守備圧力」が強いため、ゴールに近づくほどスペースと時間がなくなるからだ。残念ながら、日本にはその堅守を技術的に崩していける攻撃の手段を持つチームはほとんどない。

 0―0で終わるかと思われた試合が、ゴール前の攻防で急に盛り上がったのは残り10分弱だった。

 後半38分、FC東京が獲得した左CK。太田宏介のボールを森重真人がヘディングで完璧に捉えた。「ゴールが決まった」。そう思ったのもつかの間、磐田のGKカミンスキーが信じられない反応でこのボールをかき出す。唯一の得点は、このカミンスキーの美技の後。FC東京に再び、左CKが与えられたところから始まった。

 キッカーは再び、太田。ファーで合わせた矢島輝一のヘディングはライン上でクリアされた。これを磐田DF小川大貴がヘディングで弾き出す。そのボールに鋭く反応したのが、クリアが短くなるのを見越してペナルティーエリア外から走り込んできた久保建英だった。

 「ただ、こぼれたボールが自分の所にきた」。そう振り返った久保。「コンパクトな振りというのは意識していましたね。あまり(弾道が)上がりすぎないように」左足で放ったジャンピングボレーは果たして、ここしかないというゴール右隅のコースに突き刺さった。17歳久保のFC東京におけるJ1リーグ戦では初、通算では同2点目となるゴールは、恐ろしく高度な技術に支えられた間違いなくスーパーゴールと評していいものだった。

 ゴールマウスに立っていたのがカミンスキーだったことも価値を高めた。ポーランド出身で現在、Jリーグ最高の門番だからだ。後半42分にはカウンターから強襲を受けたナ・サンホのダイレクトシュートを、またも神がかりの右手一本で弾き出している。他にもアディショナルタイムに入った後半47分にナ・サンホが放ったシュートを始め、他のGKだったら決められていてもおかしくないゴール枠ぎりぎりを襲ったボールをいとも簡単に弾き出してみせた。その鉄壁のGKを打ち破ったのだから重みが違う。特にFC東京は2017年以降4戦続けてカミンスキーから1点も奪えていなかったのだ。

 この試合でもビッグセーブを何度も見せつけられた。久保自身も「カミンスキー選手がいなかったら、また違う展開になっていたのかなと思うくらいのGK。そのGKから点を取れたのはひとつ自信になる」と語っていたが、偽らざる思いだろう。

 久保にカミンスキー。退屈なまま終わりそうな試合を最後に盛り上げたのは、日本の“サッカー常識”とは違う欧州で育成年代を過ごした2選手だった。

 久保の縦パスは、よく通る。ボーっと見ているだけでは、その印象しか残らないだろう。この若者が、欧州でも確固たる存在感を放った中田英寿や小野伸二など選ばれた一部の選手しか備えていない「俯瞰(ふかん)」の感覚を備えているのは間違いない。加えて、キックが独特なのだ。

 FC東京で右サイドハーフに入ることが多い久保は、ラインを背にしながらパスを受けることが多い。当然、体の方向は中央を向いている。その体勢を替えぬままに縦方向に、利き足の左足で鋭いスルーパスを通す。そのキックは、ヘソを中心に体をひねるようなインサイドキックだ。これはイングランド・プレミアリーグのマンチュスター・シティで監督を務めるグアルディオラが現役時代に得意にしたキックで、彼もまた久保と同じFCバルセロナの下部組織育ち。顔や体の向きとは違う方向にパスが出てくるのだから、守る側は予測がしにくい。その意味でより実戦的といえる技術だ。

 Jクラブの下部組織がどうかは分からない。しかし、残念なことに日本の育成年代ではこの種のキックを教えていないようだ。GKとはいえカミンスキーが見せるポジショニングの取り方や体の向きを見ていても感じるが、欧州の子どもたちが身につけていく“サッカー常識”は日本とは違う気がする。欧州の指導現場では、サッカーにおいて「何が必要」で「何がムダか」を厳選して実戦で本当に役立つ技術を教え込んでいるのではないだろうか。

 日本は形式を重んじる文化がある。剣術や空手で「型」の競技があるのが良い例だろう。もちろん型ができていれば、多くの競技で早く上達できるだろう。ただ、サッカーの場合は実戦で使えない技術を延々と教えてもあまり意味がない。昨年のワールドカップ(W杯)ロシア大会で16強に進出した日本が世界の舞台でさらにステップアップするために求められているのは、試合でこそ生きる「本当の技術」が指導現場で広く導入されることなのだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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