豪華客車で令和の幕開けを

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

(上)DD51がサロンカーなにわをけん引し、大阪―出雲市間を往復した「サロンカー令和」=5月2日午前、島根県出雲市、(下)サロンカーなにわの展望室で、令和を迎えて祝杯を挙げる参加者。右列の手前から4人目が筆者=5月1日未明、兵庫県

 「3、2、1、カンパーイ」!令和への改元を迎えた5月1日未明、私と息子はJR西日本の豪華客車「サロンカーなにわ」のシャンデリアが輝く展望室で他の乗客と祝杯を挙げていた。

 天皇、皇后が乗り込む「お召し列車」としても使われた皇室に縁がある客車に揺られ、出雲大社に近い出雲市駅(島根県出雲市)へ夜汽車で向かうのは元号をまたぐのにうってつけの舞台だ。そんな故オードリー・ヘップバーンさん主演の映画「ティファニーで朝食を」ならぬ、「豪華客車で令和の幕開けを」という瞬間を迎えるまでの道は長かった。

 優れた鉄道旅行を毎年選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」の審査委員を務めている私は国内外の幅広い列車に乗ってきたが、寂しい懐具合を反映して“弱点”になっているのが豪華列車だ。

 中でも共同通信社の大阪支社経済部に在籍してJR西日本担当になった2000年以来、憧れを抱き続けていた列車の一つが緑を基調にした塗装にふさわしく、全客車がグリーン車の「サロンカーなにわ」だ。

 旧日本国有鉄道(国鉄)時代の1983年に14系客車を改造した列車は欧風の展望室を備え、「お召し列車に使われるため、セキュリティーのために防弾ガラスをはめ込んでいる」(JR西日本関係者)という特別な仕様だ。主に団体用列車で運用しているため乗車できる機会は限られ、貸し切り運転をするツアーは軒並み人気で旅行費用も値が張る。“高嶺の花”と受け止めて乗車を諦めていた。

 ところが、平成時代の最後、JR西日本の担当記者になった当時から実に19年後になってチャンスは巡ってきた。私が審査委員に就いた2013年度の鉄旅オブザイヤーのグランプリ受賞者、日本旅行西日本営業本部JR営業推進部の玉川淳氏らが「サロンカーなにわ」を貸し切った改元ツアーを実施するというのだ。大阪と出雲市の往復で参加料金は大人4万4千円と安くはないが、手が届く範囲だ。

 「子鉄」の息子に「この機会を逃すともう乗れないかもしれないよ」と水を向けると案の定興味を示したため、宿泊代を含めて10万円ほどの参加費を支払って申し込んだ。通常の座席で車中泊をすると伝えると「えっ、寝台車ではないの!?」と参加を拒否した妻を兵庫県の妻の実家に残し、息子と大阪駅へ向かった。

 平成最後の日の4月30日午後9時34分、この列車名として命名された「サロンカー令和」と記したヘッドマークを取り付けたディーゼル機関車「DD51」がサロンカーなにわをけん引した6両編成が4番ホームに入線。

 「撮り鉄」が群がる激パ(激しくパニック)状態の中をかき分けて客車に乗り込むと、デッキと客室の仕切りに扉を設けており、壁面に色とりどりのステンドグラスをはめ込んでおり洋館のような雰囲気だ。

 じゅうたん敷きに横方向に3個だけ配置した座席は広めで、倒すと平らになる航空機のビジネスクラスのフルフラットシート座席には到底及ばないものの背もたれは比較的大きく倒れる。座席の方向を変えると、「車座」のように6個の座席を円形に並べられる。

 「予約の受付開始日に即日満席になった」(玉川氏)という約110人の参加者を乗せた列車は定刻より3分遅れて午後9時48分、カメラが砲台のように並ぶホームを出発した。東海道・山陽線を西へ進み、豪華客車から眺める神戸市の夜景や、ライトアップされた明石海峡大橋はひときわ輝いて見える。

 1時間半後に姫路(兵庫県姫路市)に途中停車し、午後11時20分に出発した。この後は倉敷(岡山県倉敷市)から伯備線に乗り入れ、伯耆大山駅(鳥取県米子市)から山陰線を西へ進んで出雲市に令和元年5月1日の午前10時24分に着く。

(上)サロンカーなにわの座席は「車座」にできる。座っているのは筆者の息子=5月1日午前、島根県出雲市、(下)米子駅で並んだ「サロンカーなにわ」と特急「やくも」=5月1日午前、鳥取県米子市

 兵庫県西部で山陽線を西へ向かっている最中に、道中のクライマックスは訪れた。「長く続きました平成も間もなく終わりを迎えます。平成から令和へと移りますので記念し、乾杯をさせていただきたいと思います」と車内放送が流れ、令和へのカウントダウンが始まった。配られた日本酒と緑茶で乾杯し、憧れだったサロンカーなにわで改元の節目を祝った。

 ただ、サロンカーなにわは老朽化が進んでいるため「いつまで走れるのかは不透明で、JR西日本は来年春に導入する長距離列車『ウエストエクスプレス銀河』に使う117系の改造電車で置き換える戦略ではないか」(旅行業界関係者)との見方もある。

 サロンカーなにわを巡っては、今年7月に開幕する「熊本デスティネーションキャンペーン」(DC)を記念して大阪から熊本への夜行団体列車として走らせることが検討されていると聞く。かつての寝台特急「明星」のような夜汽車が復活すれば、4月で発生3年となった熊本地震からの復興が進む熊本県の観光客輸送で貢献するだけに、実現を期待したい。

 ☆大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信社福岡支社編集部次長。DD51に取り付けられた「サロンカー令和」の金属製ヘッドマークは最低価格9万円で車内でのオークションで販売されましたが、「落札額は非公開」(玉川氏)とか。私は最低価格の9万円でも応募する勇気はなく、参加を見送りました。

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