「原爆が憎い」訴え 池田早苗さん通夜 被爆者ら「引き継ぐ」

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池田早苗さんの遺影が掲げられた祭壇=長崎市茂里町、法倫会館

 長崎原爆できょうだい5人を失った体験を語り続け、16日に86歳で亡くなった長崎原爆被災者協議会(長崎被災協)理事、池田早苗さんの通夜が17日、長崎市内の斎場でしめやかに営まれた。「戦争が憎い」と怒りを持って訴え、「語り部」として平和の尊さと核兵器廃絶を伝え続けた池田さん。参列者は「故人の願いを引き継ぐ」と誓った。
 池田さんは12歳の時、爆心地から約2キロの小江原で被爆。西町の自宅は全壊し、6歳の妹は自宅近くで黒焦げになっていた。残りのきょうだい4人は次々と死んでいき、4歳の弟の遺体には池田さんが自ら火を付ける悲惨な体験をした。
 戦後、原爆詩人の故福田須磨子さんが中心を担った「西町原爆被災者の会」のほか、「長崎原爆青年乙女の会」に参加。長崎被災協で理事を長年務め、核兵器廃絶運動に力を注いだ。
 2001年の平和祈念式典。被爆者代表として「平和への誓い」を読み上げ「戦争が憎い、原爆が憎い、核兵器が憎い」と怒りをあらわにした。40年来の付き合いの長崎原爆青年乙女の会代表、小峰秀孝さん(78)は「普段は温厚な性格だが、核兵器廃絶への信念は強かった」としのんだ。
 10年には、米ニューヨークの国連本部で開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせて渡米。現地で精力的に被爆体験を語った。当初は「米国なんて本当は行きたくない」と言っていたが、帰りの飛行機で「行って良かった」と小峰さんに打ち明けた。小峰さんは「米国にもいろんな考えの人がいて、思いを寄せてくれる人もいると感じたようだ」と振り返る。
 通夜に参列した長崎被災協の田中重光会長(78)は「中心的な人が亡くなり大きな痛手だ」と言葉を詰まらせた。横山照子副会長(77)は「原爆、戦争が憎いという池田さんの気持ちはこれからも伝えていく」と語った。
 あいさつした池田さんの長女で「長崎被災協・被爆二世の会・長崎」の佐藤直子会長(55)は「父が亡くなった今、父の体験を話せるのは私だけになってしまった。今後は父の遺志を継ぎ、私が広く伝えていきたい」と決意を新たにしていた。
 葬儀・告別式は18日午後2時から長崎市茂里町3の31、法倫会館で。喪主は妻絹枝(きぬえ)さん。