教育現場に相対評価なじむか 人事評価データ書き換え 「教育の劣化進む」

学校平均が異なる授業アンケート結果を並べる男性教諭=2019年5月15日、大阪市

 教員としての力量を評価するのに、順位付けしランク分けをする相対評価の原理はなじむのか。昨年度から大阪市で始まった、競争原理を取り入れた教員の新人事評価制度を巡って今、制度の信頼性が揺らぎかねない問題が起きている。

 市立東淀工業高校(大阪市淀川区)の40代男性教諭が、「授業力」の査定につながる生徒対象の授業アンケートのデータを管理職に勝手に書き換えられ、低い評価を付けられたとして、今年4月に市に公益通報したのだ。

 教諭は同時に市教育委員会にも「恣意的な評価であり、正当性はなく無効」として苦情を申し立てた。市教委は「調査する」としている。教育現場で波紋を広げていきそうなこの問題。何が起きているのか。

(共同通信=大阪社会部・真下周)

 ▽「スケープゴートに」

 3月下旬、男性教諭は突然、管理職から開示面談で「(勤務成績がやや良好でない)第4区分」の評価を突き付けられた。戒告などの懲戒処分を受けた時にも適用される、5段階のうち下から2番目の下位評価だった。

 市教委は新制度で「評価の厳正化」を求めており、従来制度でほとんどなかった下位評価を一定程度は出すのが望ましいとの立場を取っている。

 下位評価に驚いた男性教諭が説明を求めたところ、管理職が根拠の一つとして出してきたのが授業アンケートだった。

 授業アンケートは生徒が授業ごとに「分かる、魅力的な授業」になっているかを評価するもので、管理職が教員の授業力を評価する際の「重要な一要素」(市教委)として参考にすると決められている。

 男性教諭は、同校でアンケートを集計、管理していた教頭が下位評価を「正当」と印象付けるために改ざんした疑いがあると主張。「自分は下位評価を出すためのスケープゴートにされた。改ざんされたアンケート結果を根拠に下位評価を納得させたかったのだろう」と憤る。一方の教頭は取材に「(数値を操作したことは)全くない」と否定した。

 ▽数値異なる個人票

 男性教諭は3月20日、前校長(4月に別の高校に転出)と教頭から「第4区分」であることを通知された。授業力には自信があったが、人事考課シートでは評価が標準の「3」だった。教員らは前校長から自己評価は低めに付けるよう言われていたため、男性教諭は「3・5」を付けて申請した。

 評価では他の能力も「3」が並ぶ。だが職場づくりや後輩への指導などの取り組みが問われる「指導育成力」だけが「2・5」と標準を下回り、総合評価点は「2・975」。市教委が定めた「3」にぎりぎり達しないため、自動的に「第4区分」とされた。

 前校長によると昨年は1学期に授業アンケートを実施。2学期に結果(個人票)が開示された。男性教諭の個人票は9項目中、「教材活用」を除く8項目の数値が学校平均を上回った。なお当たり前になるが、別の教員の個人票でも学校平均は男性教諭と同じ数値が載っていた。

 だが下位評価に疑問を抱いた男性教諭が求めた3月27日の再面談で、教頭はアンケート結果を改めて示した。各項目の学校平均が一律に0・07~0・12ずつ上方修正(底上げ)されていた。男性教諭の数値は相対的に下がり、逆に8項目が学校平均を下回った。

 この個人票を示しながら、前校長は面談で「(数値が)低いですね」と指摘した。男性教諭は個人票を持ち帰り、職員室の自分の机に保管していた当初にもらった分と見比べて、学校平均が違うことに仰天した。

 学校平均が異なる2枚の個人票がなぜ存在するのか。4月中旬に取材に訪れると、前校長は「そんなことはないはずだ。もし事実なら、教頭に聞かなければ分からない」と困惑しきり。授業力を「3」にした根拠は「授業アンケートでほとんどが平均を下回っていたけど、授業で工夫が見られたから」と回答した。

 別の機会に取材に応じた教頭は、意図的な書き換えを否定した上で、2学期に示された最初の結果は「評価対象でない講師らのデータが入っていた可能性がある」と釈明した。1枚目は精査が不十分で、「(3月の)再面談で示した分が正しい」と答えた。

 だが取材の4日後、教頭は男性教諭を含む教員らに改めて結果を示した個人票を交付。3枚目の登場だ。取材への回答と同様に、不要なデータが入っていたと教員らにも説明したが、今度は各項目の学校平均がいずれも2学期に開示された分に近い点数に戻った。男性教諭は再び8項目が学校平均を上回った。こうした経緯に男性教諭はいっそう不信感を深めた。

 労働組合「なかまユニオン大阪市学校教職員支部」の笠松正俊支部長は「授業力を測る客観的な指標は授業アンケートぐらいしかないのに、そのアンケートの数値を都合のいいよう書き換えたのなら、とんでもない行為だ。『ばれなかったらいい』と公文書を扱っている感覚がまるでない」と厳しく批判する。

市立東淀工業高校

 ▽廊下から授業観察?

 なお授業力の評価は授業アンケートも参考にしつつ、管理職による授業観察も踏まえて判断される。だが男性教諭は「(1年間で)授業観察は1回もなかった」と話す。一方、前校長は「廊下から7回観察した」と反論する。教室に入り込むと授業の邪魔になるから、との理由だ。男性教諭は「校長がいれば、生徒は気配に気づくはず。実際は通りがかっただけ」とあきれていた。

 下位評価に抗議する男性教諭に、管理職はさまざまな理由を相次いで持ち出した。男性教諭からすれば、それらは全て後付けのように思えた。

 評価点を「2・5」とした指導育成力については、生徒指導を巡り同僚教員への不適切な助言があったとする。昨年6月に経験の浅い女性教諭がトイレ巡視で、生徒がタバコを吸ったような不審な状況を見つけ事情を聴くなどしたが、指導がうまくいかなかった。男性教諭がその内容を本人から聞き、「いらんことするからや。仕事を増やしやがって」と返したというものだ。

 だが男性教諭は取材に対し、「こんな発言をするはずがない」と否定する。彼の記憶では、女性教諭が単独で指導するよりも、生徒指導の教員に任せたり、連携したりして対応した方がよいのでは、との趣旨で助言したことはあった。

 教頭はこのエピソードを、女性教諭から相談を受けた別の教員から伝聞として聞いただけで、男性教諭に注意はおろか、事実かどうかの確認もしていなかったという。男性教諭は、心当たりがないエピソードを開示面談で初めて聞かされた。

 なかまユニオンは、新制度が始まる前から、こうした事態が起きうるのではないかと懸念し、警鐘を鳴らしていた。

 笠松氏は「下位評価をつくるため、指導育成力のような管理職のさじ加減でどうにもできる部分が操作される。教員のあら探しが横行し、細かいミスなどもその場で指導や助言がされず、評価のために取り置きされる」と解説する。

 ▽一部相対評価

 大阪市は2013年度から、市の職員基本条例に基づき、能力と実績主義を徹底させた人事評価制度を一般職員向けに導入した。当時の橋下徹市長が主導する施策だった。相対評価で5段階にランク分けし、毎年、下位評価を15%つくり出すことに。「競争偏重が職場の荒廃をもたらす」と制度そのものへの懸念は当時から指摘されていた。

 一方で、教員は職務の特殊性が考慮され、従来の評価制度(SS・S・A・B・Cの5段階の絶対評価)が維持されてきた。17年度までの過去5年平均で、評価分布はSSが0・6%、Sが32・3%、Aが65・1%、Bは1・9%、Cが0・1%。ほとんどが中間評価のSとAに集中した。教諭の評価は過去数年にわたりAだった。

 国の方針で、教員給与の財源を巡る権限が大阪府から大阪市に移譲され、市はこれまでの人事権に加え、給与も直接扱うようになった。下位評価がほとんどない状況を見直そうと18年度から教員にも新制度を導入。従来通り5段階だが、上位評価の第1、第2区分は相対評価で25%を割り当て、標準の第3区分と下位の第4、5区分は今までどおり絶対評価とした。

 市教委はこの制度設計を「一部相対評価」と呼ぶ。下位評価の該当者を相対評価で割り当てない理由について「地域性や学校によって課題に違いがあり、教員を一律に評価するのは適切でないため」と説明する。市教委の担当者も「必ず下位評価を出さなければいけないとは言わない」と語るが、実情は異なる。

 昨年4月、校長を集めた会議で、市教委幹部は「下位評価が2%とほとんどなく、制度として機能していないと吉村洋文市長(今年4月から大阪府知事)から厳しく指摘された。絶対評価の厳正化がこれまで以上に求められる」と訓示した。

 これと併せる形で、業績や「授業力」「指導育成力」「規律性」などで構成する総合評価点が「3」を割れば下位評価を付けるように徹底させた。一昨年の新制度の試行段階では、このラインを「2・9」としていたが、引き上げた。一連の動きは、下位評価を出すことへの事実上の圧力との見方がある。

 市教委によると、初実施の18年度の評価分布は次の通りだ。対象教諭ら9522人のうち上位の第1、第2区分は5・0%と20・0%で計2384人が割り当てられた。標準の第3区分は70・8%(6745人)。下位の第4、第5区分は4・0%と0・2%で計393人だった。新制度下で、下位評価者の割合は2・0%から4・2%に増えたことになる。

男性教諭の平均が学校平均を上回ったアンケート結果(上)と、学校平均が上方修正されたアンケート結果

 ▽「信じられない」

 新たな制度に関し、管理職も対応に苦慮していると見るべきかもしれない。下位評価を出さず全員が期待レベル(標準)以上とすれば、今度は管理職が学校運営(マネジメント)の能力を問われ、マイナス評価を受けかねないからだ。

 同校では複数の教員が授業アンケート書き換えの事実を知り、「何かの間違いでは。信じられない」と絶句していた。男性教諭は「管理職を信頼していたのに裏切られた思い。こんなことを許していたら、管理職のやりたい放題になる」と怒りが収まらない。

 同僚教員の一人は「管理職は自らの保身のためにも、誰かを下位評価に仕立てる必要があるのだろうが、幼稚なやり方をして教員間に疑心暗鬼を生んだだけ。最終的には生徒にも悪影響が出るはず」と眉をひそめる。

 ▽生涯収入に影響

 評価は給与にも直結する。市教委によると、30歳前後のモデルで1度でも「第4区分」になると、その先も昇給が遅れるため、補給金や退職金なども含めて生涯収入が200万円ほど低くなるという。次回の評価で挽回すれば済む単純な話ではなく、教員の生活にも大きく影響する話だ。

 教員の人事評価や業績評価をめぐっては次のような裁判が起きている。東京都世田谷区立小学校の教諭が、2004年度に不当に低い人事評価で定期昇給を延期されたとして、東京都人事委員会に取り消しを求める措置を要求したが棄却され、損害賠償などを求め東京地裁に提訴した。

 10年5月の地裁判決は「上司らによる不公正な評価は裁量権を逸脱し違法」と判断し、11年10月の東京高裁判決も「公正に評価すべき義務に違反している」として一審に続き判定を取り消し、確定した。一連の裁判では、消極的評価の根拠となった生徒指導の場面について本人に事実関係を確認しなかったり、その場で指導や注意したりせず、評価の材料として取り置きしたりする行為などが、公正評価義務に違反すると認定された。

 ▽苦情、大幅増か

 市教委では例年、評価への苦情の申し立てを受け付けている。申し立てがあれば管理職に評価の手続きや根拠について事実確認が行われ、1カ月をめどに結果を教員側に伝えるという。

 それでも納得しない場合、教育監をトップに市教委の幹部で構成する苦情審査会に回される。ここで本当に「評価エラー」がなかったかが審査され、適正でないと確認された場合、最終的に教育長の判断で再評価となる。

 市教委は過去にも評価が覆ったケースがあるとしているが、なかまユニオンの笠松氏は苦情申し立てについて「あくまで内部の調査。99%結論は変わらない。『申し立てはできますよ』『言いたいことを言いなさい』というガス抜きの場にすぎない」と懐疑的だ。

 市教委は「管理職が評価の根拠を捏造したような場合は非違行為に当たり、懲戒対象になる可能性がある」とするが、制度を推進する立場にありながら、厳正な調査ができるかは心もとない。

 苦情の申し立ては4月上旬に締め切られた。新制度が適切に運用されているかどうかをはかるのに、申し立て件数は一つの指標になる。だが市教委は1カ月半も経過するのに「現在集約中で、件数は確定していない」と回答を先延ばしした。だが元担当者によると、これまで年に数件程度だったが大幅増の見込みという。なかまユニオンにも、不当評価を受けたとの訴えは多数届いている。

 ▽制度問うべきだ

鹿児島大の高谷哲也准教授

 専門家は今回の問題をどう捉えているか。「(授業アンケートの)意図的な書き換えが下位評価者を作り出すために起こったのなら、とんでもないことだ」と話す鹿児島大の高谷哲也准教授(教師学)は、教員を公正に評価すること自体が難しく、妥当な評価方法をめぐり議論がある中で起きたと見ている。

 教育現場で起きる事象は、A→Bという単線的な因果関係ではないことがほとんどで、教員の力量を判断する際も評価者の価値観により、ずいぶん異なるという。

 それゆえに評価者と評価対象者とのコミュニケーションが重要になるが、一連の経過はその不在を物語る。「下位評価を付ける際の手続きの慎重さと、管理職と教員の丁寧なコミュニケーションの積み重ねが必要だった」と指摘するが、問題は運用の方法論にとどまらず、こうした事態を発生させてしまう評価制度の在り方も問われるべきという。

 同氏によると2000年ごろから、目標管理をベースにした業績評価と考課者による能力評価を組み合わせて行う評価方式が全国的に浸透していった。教員の能力向上と学校の活性化のための改革だったが、その後、評価が給与に反映する方向に議論が進み、相対評価の論理を導入する流れにつながった。

 06~07年にかけて大阪市の小中学校の校長に教員評価をめぐる実態調査を実施した高谷准教授。当時から管理職の苦悩は大きかったという。制度が固定されていくとともに、管理職には一定割合で下位評価を付けなければならない役割が課せられていった。

 結果、評価者は減点方式で納得してもらうための、また評価対象者はそれを受け入れるためのコミュニケーションを担わされることになった。高谷氏は「制度自体が教育現場の現実とずれており、双方に大きな困難をもたらしている」と指摘。

 「このような状況で先生たちの本当の成長や学校組織の活性化、子供らが享受できる教育の豊かさや多様性の実現につながるだろうか。教育の本質を見誤った評価のもとでは教育の劣化が進む」と警告した。

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