日朝首脳会談、北朝鮮は「無条件」には応じない 世論60%超支持も重い扉は開くのか

By 内田恭司

9日、「前線・西部戦線防御部隊」の火力打撃訓練を視察する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=共同)

 安倍晋三首相が5月に入り、「無条件」での日朝首脳会談の実現に意欲を示し続けている。これまでは日本人拉致問題の進展につながることを「譲ることができない」条件としていた。北朝鮮が、国連安全保障理事会決議違反となる短距離弾道ミサイルを相次いで発射しても、決意は変わらなかった。

 背景にはトランプ米大統領の強い後押しがあるのは間違いない。60%超が首相方針を支持した、19日の共同通信世論調査の結果も追い風になりそうだ。25日に来日するトランプ氏との首脳会談で、首相は改めて自身の考えを説明し、理解を求めるつもりだろう。

 しかし、北朝鮮が無条件で会談に応じることなど、ありえない。首相の方針転換により、日朝間の重い扉はこじ開けられるのだろうか。 (共同通信=内田恭司)

 ▽政権内で激論も

 「私自身が条件を付けずに向き合わなければならない」。安倍首相は6日に行ったトランプ大統領との電話会談で、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との会談の実現に動く考えを伝えた。19日に東京で開かれた拉致問題の解決を求める「国民大集会」でも同じ決意を表明した。

 実はこの方針は、今年5月のタイミングで決まったのではない。下地は1年前につくられていたとみていいだろう。金正恩委員長が完全非核化を約束し、トランプ大統領との米朝首脳会談の開催が決まったのは昨年3月下旬のことだ。その後、南北首脳会談も開かれ、北東アジアは一気に対話モードに入っていく。日本政府関係者によると、この過程で首相官邸でも対話に向けた「方針転換」について協議がなされていたという。

 証言をまとめれば、昨年4月下旬に南北首脳会談が開かれた後の大型連休の前後に、官邸の首相執務室に安倍首相と菅義偉官房長官、谷内正太郎国家安全保障局長、北村滋内閣情報官、秋葉剛男外務事務次官、今井尚哉首相秘書官らが集結した。

 ここで、日本も圧力から対話に舵を切り、安倍首相としてあらゆるチャンスを逃すことなく金正恩委員長と直接向き合い、2002年の日朝平壌宣言に基づき、拉致問題の解決と日朝国交正常化を目指していくとの方針を確認。今後はこのラインで発信していくことで意思統一を図ったのだという。この後、実際に安倍首相は国会の答弁などで、大筋この内容に沿って発言している。

 重要なのは、この場で拉致問題「出口」論が議論されたことだ。これまでは、拉致問題は日朝交渉において「入口」だった。拉致問題を進展、解決させて初めて国交正常化に至る。「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」が揺らぐことのない、一貫した政府方針だった。これをゼロベースで検討し直そうという議論があったというのだ。

 首脳間の対話を通じて信頼醸成を図り、国交正常化を実現する先に拉致問題の解決があるという考え方だが、さすがに反対意見が出て激論になったという。1回の協議では結論が出ずに6月の米朝首脳会談後に持ち越しとなり、最後は首相預かりになったとされる。

 安倍首相は結論を出さないままだったが、拉致問題の進展を条件とせずに日朝首脳会談の実現を目指していく方針のアウトラインはここで出来上がったとみていい。
 

トランプ米大統領との電話会談後、記者団の取材に応じる安倍首相=6日夜、首相公邸

 ▽さまざまな生存情報

 この流れの中で7月に実現したのが、ベトナムでの北村内閣情報官と、朝鮮労働党統一戦線部の金聖恵策略室長との極秘接触だ。

 統一戦線部は米朝首脳会談の開催に向けて米国の中央情報局(CIA)との調整に当たった工作機関で、一時期ポンペオ米国務長官の交渉相手となった金英哲朝鮮労働党副委員長がトップを務める(最近交代した可能性がある)。金聖恵氏は統一戦線部の実質的なナンバー2で、金正恩氏の妹金与正氏の側近とも目されており、金正恩体制を支える実力者の一人だと言っていい。

 筆者は当時、こうした経歴を誇る金聖恵氏を北朝鮮が派遣したことに、少なからず驚いた記憶がある。これまでも非公式の日朝接触は行われてきたが、せいぜい外務省課長級で、よくても局長級だった。北村氏は事務次官級であり、金聖恵氏に至ってはロイヤルファミリーにも通じる高級幹部である。ベトナムまでの旅費や滞在費を日本側が負担したのだとしても、金聖恵氏を出してきたことに北朝鮮側の本気度を感じたのだった。

 秘密接触では当然のことながら、日朝首脳会談の実現と拉致問題が議題となったことは間違いないだろう。この時期、共同通信が拉致問題に関するスクープを放っている。2014年5月、日朝両政府はストックホルムで北朝鮮が拉致被害者や行方不明者を含む「全ての日本人」の再調査を行うことで合意したが、この合意よりも前に、日本政府が拉致被害者と認定している神戸市の元ラーメン店員、田中実さん=失踪当時(28)=と、政府が拉致の可能性を否定できないとしている金田龍光さん=同(26)=の2人について、北朝鮮側が「入国していた」と日本側に伝えていたというのだ。

 2人はいずれも妻子がおり「帰国する意思はない」のだという。筆者はこのスクープに関わっていないが、先の日朝極秘接触の動きと重ね合わせると、北朝鮮はこの2人を出すことで拉致問題の幕引きを図ろうと駆け引きに出てきたとも受け取れた。

 この時期、田中さん、金田さんに加え、政府認定の女性拉致被害者の1人や、1970年代に幼いまま拉致された姉弟の生存情報も北朝鮮は伝えてきているのではないかといった臆測も流れたが、確認できるものはなかった。

 ▽制裁緩和実現せず

 そして9月。在京大使館筋から「年内に日朝首脳会談が実現するとの見方が強まっている。安倍首相は11月にも電撃訪朝するつもりなのではないか」との連絡を受け、確認を求められた。当然、確認できる材料もなく「分からない」と答えるしかなかった。

 だが、照らし合わせると「もしかしたら」と思える話はあった。7月の極秘接触で北朝鮮側は制裁緩和を強く要求してきていたという情報に加え、日本が北朝鮮に科している独自制裁のうち、訪朝した北朝鮮当局者の日本再入国を原則的に禁じた人的往来規制について、官邸が緩和すべく検討に入ったとの動きが伝わってきたからだ。

 日本は、2006年7月の北朝鮮による弾道ミサイル発射以降、「ヒト」「モノ」「カネ」を対象に独自の経済制裁を発動してきたが、人的往来規制はそのうちの「ヒト」を対象にした措置で、制裁の柱の一つをなす。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)を事実上狙い撃ちにしたもので、北朝鮮が核実験や弾道ミサイル発射を繰り返せば、日本は段階的に制裁を強化して対象を拡大。昨年の時点では朝鮮総連の幹部が幅広く対象になっていた。

 これを緩和するのではないかという観測だったが、10月に入ると話は立ち消えになっていた。初回の米朝首脳会談を受けた北朝鮮の非核化が進展せず、2回目の首脳会談の見通しが立たない中、日本だけが突出するわけにはいかないとの判断が働いたとみられる。

 同月、北村氏は北朝鮮高官と接触すべく今度はモンゴルの首都ウランバートルに入ったが、期待した北朝鮮側の人物は現れなかったとされる。北村氏は北朝鮮側から信頼性に疑問符を付けられ、せっかくのパイプも機能不全に陥ってしまったようだ。

 ▽第三国での首脳接触も

 ここまで昨年の動きを記してきたが、一連の経緯から読み取れるのは、北朝鮮は日本の出方を見極めており、安倍首相が無条件の首脳会談開催を提起してみたところで、北朝鮮が無条件で会談に応じるわけはなく、実現は簡単ではないということだ。

 北朝鮮が日本に対して一貫して要求しているのは、植民地支配に起因する「過去清算」と経済制裁の解除、「拉致問題は解決済み」だとする北朝鮮の主張の受け入れだ。

 だが、安倍政権が「解決済み」との主張を受け入れることはありえず、非核化が進まないばかりか、北朝鮮が短距離弾道ミサイル発射を繰り返している状況の中で、制裁については一部を緩和することすら困難だ。

 日朝接触を進めるための有効なてこが見当たらない中、韓国が国際機関を通じての実施を決めた人道的観点からの食糧支援について、日本も交渉推進の材料として検討するのではないかとの見方が一部で出ている。しかし、安倍政権内では「ミサイル発射に使うカネがあるのなら、そのカネで自国民の衣食住を満たすべきだ」との意見が強く、考えにくい。

北朝鮮が9日発射した短距離弾道ミサイルとみられる飛翔体(朝鮮中央通信=共同)

 安倍首相は4月下旬に訪米し、トランプ大統領とゴルフをプレーした際に、北朝鮮情勢を巡って突っ込んだやりとりをしている。このやりとりを踏まえ、対北朝鮮方針を転換する腹を固め、内外にその姿勢をアピールするに至ったとみていい。

 しかし、日本として切ることできるカードはなかなか見当たらない。米朝間で3回目の首脳会談に向けた非核化協議が進むといった、日本が北朝鮮に融和姿勢を示せるような国際環境にもなっていない。こうした要素を全て勘案すると、首相の電撃訪朝を含め、日朝首脳会談が近い将来に実現するとは到底思えない。

 ただ正式の会談の前に、安倍首相が金正恩委員長と接触を試みる可能性はある。昨年も一時取り沙汰された第三国での接触案だ。

 昨年は米朝首脳会談を受け、9月にロシア極東ウラジオストクで開催される東方経済フォーラムか、米ニューヨークでの国連総会に金正恩委員長が出席するのではないかとの臆測が飛び交った。いずれも出席しなかったものの、実現すればともに参加している安倍首相と接触する可能性があった。

 今年は果たしてどうなのだろうか。ロシアのプーチン大統領と国連事務総長は金正恩委員長を招待するだろうか。すれば安倍首相が「直接向き合う」チャンスはある。

北朝鮮による拉致問題の解決を願う「国民大集会」であいさつする安倍首相=19日午後、東京都千代田区

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