「敦煌の夢」が結んだ日本人教師と中国の縁

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「敦煌の夢」が結んだ日本人教師と中国の縁

蘭州大学外国語学院で教鞭をとる柳井さん。(5月8日撮影、蘭州=新華社配信)

 【新華社蘭州5月23日】今から60年前、日本の作家、井上靖氏の歴史小説「敦煌」が発表されると、人々の目は中国西部に注がれた。30数年前に佐藤純彌監督が同作品を映画化すると、敦煌人気は再燃した。ちょうどその頃、日本の栃木県では、この映画に心を震わす少年がいた。少年の名は柳井貴士。柳井さんは遠く離れた中国西部をずっと夢見てきた。

「敦煌の夢」が結んだ日本人教師と中国の縁

蘭州大学外国語学院での授業で学生と交流する柳井さん。(5月8日撮影、蘭州=新華社配信)

 今年44歳になる柳井さんは、年齢よりもずっと若く見える。早稲田大学で文学博士号を取得した後、2017年に同大学文学部の非常勤講師と国際交流基金の客員研究員になったが、同基金のホームページで中国甘粛省の蘭州大学が日本語教師を募集していることを知ると、迷うことなくそれに応募。すぐに採用された。

「敦煌の夢」が結んだ日本人教師と中国の縁

宿舎で読書する柳井さん。(5月8日撮影、蘭州=新華社配信)

 柳井さんは2017年11月に蘭州に向けて出発。十数時間かけて蘭州大学楡中キャンパスのある蘭州市楡中(ゆちゅう)県夏官営鎮に到着した。

 蘭州に来て1年余りで柳井さんは多くの収穫を得た。専門の沖縄文学では重要な論文を相次ぎ発表し、清華大学や北京語言大学の学術会議では代表スピーチを行った。

「敦煌の夢」が結んだ日本人教師と中国の縁

宿舎でギターを弾き、休みのひとときを過ごす柳井さん。(5月8日撮影、蘭州=新華社配信)

 柳井さんは毎日午後、同大学外国語学院の日本語専攻の学生に日本語会話や作文、日本文化に関する授業を行っている。週末には日本語サロンに参加するほか、両国の学生により多くの交流をしてもらうため日本語専攻の学生と日本人留学生との交流会を催すこともある。仕事以外では、学校の近くの焼肉屋でお酒を飲んだり、省内の日本の友人と集まったり、旅行に行ったりしている。彼は敦煌で撮影した写真を手に「本当の敦煌は映画よりも衝撃的だった」と話してくれた。

「敦煌の夢」が結んだ日本人教師と中国の縁

授業に行く前に教材を選ぶ柳井さん。(5月8日撮影、蘭州=新華社配信)

 柳井さんは帰国の度に中国での生活を友人らに語り、今ではすっかり中国の「宣伝大使」となっている。「中国は北京や上海だけではない。他にもさまざまな文化や食べ物があり、友好的な人々がいる」と語る。

「敦煌の夢」が結んだ日本人教師と中国の縁

蘭州大学外国語学院で教鞭をとる柳井さん。(5月8日撮影、蘭州=新華社配信)

 2020年には3年間の採用期間が終了する。柳井さんは「ここがとても気に入っている。もう少し長くいられるよう申請するつもりだ。もっと多くの中国の学生を教え、中国語を学びなおし、もっと沢山旅行に行きたい」と語った。(記者/任延昕、張文静)

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敦煌で撮影した写真を記者に見せる柳井さん。(5月8日撮影、蘭州=新華社配信)