「漁師か消防に」「もう野球をやりたくない」西武ドラ7が一度は諦めたプロへの夢

西武・佐藤龍世【写真:篠崎有理枝】

北海高を卒業し「漁師か消防の仕事に就くことを考えていました」

 昨シーズン、10年ぶりにパ・リーグ制覇を果たした埼玉西武ライオンズ。しかし、惜しくもクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージでソフトバンクに敗れ、日本シリーズ進出を逃した。今シーズンはその悔しさを晴らす戦いが期待される。

 そんなチームに今年、新たに戦力として加わったルーキー達を紹介していく。第1回目は、ドラフト7位で入団した佐藤龍世内野手だ。

 佐藤龍は北海道厚岸町出身。高校は、夏の甲子園全国最多の38回出場を誇る名門、北海高に進学した。厚岸から札幌にある北海高に進学する際、カキ漁を営む両親からは「ちゃんと野球に取り組まないなら、厚岸の高校に進学して漁師になれ」と言われたそうだ。

「野球をやりたかったし、中学生の時に肘を壊して野球ができなくなった父も、自分に野球をやらせたかったと思います。札幌では下宿生活になりましたが、覚悟を決めて進学しました」

 北海高では4番を担ったが、春夏ともに一度も甲子園出場を果たすことができず、2年夏、3年夏は地方大会予選初戦敗退に終わった。この結果に、卒業後は野球を辞めて厚岸に戻ることを考えた。

「僕たちの代だけ3年間、甲子園に出場できませんでした。あんなにきつい練習をしたのに、全く報われない。もう野球をやりたくないと思いました。父親が消防の仕事と漁師を掛け持ちしていたので消防からの話もあり、厚岸に帰って漁師か消防の仕事に就くことを考えていました」

 そんな佐藤龍を引き留めたのは、北海高の監督だった。「野球を続けろ」と説得し、のちにチームメートになる多和田真三郎投手、山川穂高内野手、外崎修汰内野手らを輩出した富士大への入学を勧めた。

「監督に『辞めたい』と言ったら怒られました。両親は『中途半端な気持ちでやるなら、大学に進学せず、厚岸に戻って漁師をやれ。大学に進学するなら、プロを目指して4年間野球に取り組め。本気でやるなら自分たちも応援する』といって背中を押してくれました」

目指すのは唯一無二の存在「西武の1軍で試合に出ている9人の中にいないような選手」

 富士大では1年時からリーグ戦に出場。しかし2年時には、インコースを責められることが増え、それに対応できずに打率を落とした。

「コーチにバッティングピッチャーをやってもらい、夜遅くまで練習をして打ち方を変えました。それから、自分で食材を買いに行って、寮で自炊を始めました。体が大きくなったことで、飛距離も伸びるようになりました」

 その結果、3年春には首位打者と本塁打王、秋には打点王を獲得。そして、18年のドラフトで埼玉西武から7位指名を勝ち取った。

「4年の時はプロを意識しすぎて全く結果を残せませんでした。なので、ドラフトにもかからないと思っていたので、びっくりしました。西武から指名されたときは『先輩がいっぱいいる』と思いました。大学ではみんな西武の試合を見ていて『今日穂高さんホームラン打ったよ』と話していました。会ったこともないのに、みんな『穂高さん』って呼んでいました」

 笑顔でそう話すが、目指すのは先輩達のような打者ではなく、西武にはいないタイプの選手だ。

「自分の強みは守備だと思っていますが、打てたなければレギュラーにはなれない。でも、自分が山川さんのようにホームランを40本打つのはたぶん無理です。二塁打、三塁打を打ってランナーを返して、打点王を獲れるようなバッターになりたい。今、西武の1軍で試合に出ている9人の中にいないような選手になりたいと思っています」

 チームでただ一人となる新人開幕1軍入りを果たし、4月6日の日ハム戦ではプロ初安打も放ったが、4月20日に2軍に降格。「球も早いし、コントロールもいい。すべてにおいてレベルが高い」と、1軍の投手と対戦した感想を話す。今は、少ないチャンスものにして1軍で結果を残し、レギュラーに定着することを目標に置く。一度は地元に戻ろうと考えたはルーキーは、チームで唯一無二の存在を目指し、プロの世界に挑む。(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)

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