ロシア正教会本山で前代未聞の刃傷 暴力沙汰頻発

By 太田清

トロイツェ・セルギエフ大修道院。ウィキメディア・コモンズより

 5月22日と言えば、ロシア正教徒の間で最も人気のある聖人の一人、聖ニコライ(紀元270~345年ごろ)の記念日。生前、貧しい人々に多くの施しをしたことからサンタクロースのモデルとされ、旅行・交通安全の守護聖人でもあるその遺体が異教徒支配地から密かに持ち出され南イタリアのバリに到着したことを記念するこの日には、多くの信者がロシア全土の教会に赴き礼拝に参加、祈りを捧げる。 

 正教会にとり「聖なる日」であるべき22日、ロシア正教会の本山の一つで、最も重要な修道院である「トロイツェ・セルギエフ大修道院」(モスクワ郊外、世界遺産)で驚くべき事件が起きた。修道院の聖職者が酒に酔った上、修道士の一人をナイフで刺したのだ。修道士は入院、聖職者は拘束され傷害容疑で刑事手続きが始まった。ニュースサイト「ガゼータ・ルー」などが伝えた。 

 ロシア正教会の発表などによると22日夜、セバスチアン修道院長(位階は院長だが必ずしも大修道院トップを意味しない)が「酩酊し我を忘れて」僧房にいた62歳の修道士、ポリカルプ修道補祭を襲い、ナイフで腹部などを複数回刺した疑いが持たれている。修道補祭の命に別条はないという。 

 正教会では信徒が故人や病気の家族などの名前を書いた紙を司祭に渡し、司祭が紙に書かれた人物の来世での幸せや快癒を祈る伝統があり、多くの場合、同時に金銭を寄進するが、セバスチアン修道院長はポリカルプ修道補祭が寄進を着服したと主張しているという。ロシア正教会最高位のキリル総主教は事件を受け、修道院長の位階剥奪を決めた。 

 ロシア正教会を巡っては、暴力沙汰が頻発。正教会で最も大切な復活祭の4月28日、ロシア中部ノボクズネツクで聖職者とその家族が犬の散歩を巡り通行人と口論となり、スタンガンで暴行、教会から1年の職務停止処分を受けた。口論の様子を写した動画がネットで公開され、波紋を呼んだ。昨年12月には、ウラル地方マグニトゴルスクの教会で働く女性が、車の駐車を巡る口論から、きょうだいの司祭から暴行を受け重傷を負ったと訴える事件もあった。 

 旧ソ連と社会主義体制崩壊に伴い民衆の心のよりどころとしての役割を期待され、その保守的、伝統的価値観をプーチン大統領も共有、「大ロシア」復活のてこにしようとしているとされる正教会だが、こうした不祥事が続けば今後、社会の世俗化で進む信者の教会離れが加速するとのではとの懸念も出ている。 (共同通信=太田清)

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