野呂田芳成さん死去 信念貫き政治活動

©株式会社秋田魁新報社

2005年7月、郵政民営化関連法案が衆院本会議で可決された後、反対派衆院議員の綿貫民輔さんと言葉を交わす野呂田さん=東京・永田町の自民党本部前

 農林水産相や防衛庁長官を務め、23日に89歳で亡くなった元衆院議員の野呂田芳成さんは自身の信念を貫いた政治家だった。

 2005年7月、小泉純一郎首相(当時)の肝いりで提出された郵政民営化関連法案の衆院採決で、野呂田さんは所属する自民党に造反して反対票を投じた。これにより直後の衆院選では秋田2区で党公認を得られず、無所属で出馬した。

 「民営化になれば採算性が重視され、過疎地ではサービスが維持できなくなる」。それが反対の理由だった。法案採決の直前、造反すれば党公認を得られない可能性もあるという局面で、野呂田さんは取材に「地方に反対の声は多い。そうした声を聞くのが政治家の使命だ。私は屈しない」ときっぱり答えた。覚悟がにじみ出ていた。

 無所属で出馬したこのときの衆院選では県外出身の党公認候補が野呂田さんの「刺客」として送り込まれたが、3万票近くの差をつけて圧勝。支えたのは長年政治活動を共にした党県議や地元首長らだった。

 党本部は公認候補以外は支援しないよう、党県議らに求めたが、多くの党県議は野呂田さんを支持。「地域に必要な人をなぜ支援してはならないのか」と、信念を貫く野呂田さんの政治姿勢に共鳴したのだ。

 衆院選後、法案は10月に再び採決されたが、ここでも賛成票を投じず本会議を欠席。自民党の党紀委員会は衆院選で党公認候補と戦った議員に弁明書の提出を求めたが「私は弁明が必要なほど間違った行動をした覚えはない」とはねつけた。30年近く在籍した自民党から除名され、党を離れた。