21歳武白志、次の夢はクリケット DeNA戦力外「野球は終わった」

 横浜DeNAベイスターズを昨季限りで戦力外となり、現役を引退してクリケットのプロ選手を目指す山本武白志(21)が27日、東京都内で記者会見を開いた。第2のアスリート人生を歩み出した山本は、「野球は終わったこと。クリケットを学んで、一生懸命やっていこうと思っている」と決意を語った。

 5月上旬に栃木県佐野市へ引っ越し、アマチュアの「佐野クリケットクラブ」で本格的に活動を始めている。

 日本クリケット協会によると、プロ野球経験者のクリケット挑戦は、横浜や西武などで活躍した木村昇吾以来、2人目となる。

 21歳の決断に迷いはなかった。育成選手から支配下登録を目指した3年間で戦力外通告を受け、現役生活にピリオドを打った。「周りから『もったいない』とか言われるけど、1番下から入ってクビになった。未来はないでしょ」。海外での暮らしを模索していた昨年12月、知人からクリケットを紹介された。

 「YouTubeで競技を見て、パッとイメージが湧いた」。3月にはオーストラリアに渡って道具を一式購入。日本クリケット協会にプロを目指したい旨のメールも送った。5月からは、同協会の拠点があり、国際基準のクリケット場がある佐野市で生活する。週3日の練習の傍ら、人生で初めてのアルバイトも経験。ラーメン店で週6日ほど働く。

 競技のルールや基礎技術を学ぶ日々に、アスリートの好奇心をかき立てられている。左足を前方に踏み込んで振り抜く打撃スタイルは初めてだし、守備ではグラブを使わず素手で捕球する。「野球と似ているようで似ていない。自分は素人だから、やっているうちにどんどん上達する。それが面白い」。野球界の先輩の木村から助言をもらうこともあるという。

 プロ生活をスタートさせた先には、かなえたい夢もある。2016年4月に64歳で死去した父功児さんが現役時代に付けていた背番号44でプレーすることだ。「自分で目指すと決めたので、プロ入りが難しいとか関係ない。父と同じ背番号でプレーできるようになりたい」。「101」を背負ったプロ野球生活では届かなかった目標を胸に、豪快な放物線を描いた大型のスラッガーは新たな世界へ飛び込んだ。

◆やまもと・むさし

 横浜市出身。元ロッテ監督の故・功児氏を父に持つスラッガー。山内中から福岡・九州国際大付高に進んだ。2015年夏の全国選手権大会では4試合で3本塁打を放ち、チームを8強に導く。同年の育成2位で横浜DeNAに入団し、3年目となった昨シーズンに戦力外通告を受け、現役を引退した。188センチ、90キロ。右投げ右打ち。

◆クリケット

 英国の伝統的球技で、野球の原型といわれる。1チーム11人が攻守に分かれ、ボウラー(投手)の球をバッツマン(打者)がバットで打ち、二つの三柱門の間を走って得点を争う。日本には19世紀後半に伝わり、最初のクラブは横浜で誕生した。1980年代以降、大学のサークル活動などで全国に広まりつつあり、ワールドカップ(W杯)は70年代から開かれている。

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