「日本型」見直し迫られる 負担軽減と成果両立を 「働き方改革」特集 味の素

左から味の素人事部の古賀吉晃さん、同労組本部中央執行委員の稲垣秀和さんと同事務局長の前田修平さん

 働き方改革関連法が4月に施行され、長時間の「日本型労働」の見直しが迫られる。仕事の負担軽減と、成果の維持・向上をいかにして両立させられるか。難題を前に、先行して改革に取り組む企業を取材した。 (共同通信=山崎英之)

 ▽共同歩調

 大手食品メーカーの味の素が働き方改革に本格着手したのは2008年。しかし、時短などで大きな成果が出たのは17年度からの改革だった。15年度1970時間台だった年間平均の総労働時間は。2年間で一気に約130時間減少した。

 きっかけは、所定労働時間を1日7時間35分から同15分へ20分短縮したことだった。月給制では1日の労働時間が短くなっても、実際の実入りにはつながらない。ただし、労働価値は上昇、賃金に換算すると1万4000円相当になるという。同時に終業時間を午後4時30分にし、家族と夕食をともにとりやすくした。

 所定労働時間短縮は、組合員だけでなく、管理職にも効果が及ぶ。17年度からはさらに、ベースアップ分5000円と諸手当の集約により計1万円の月額賃上げを実施した。定昇分も含めれば、総額3万2000~3万3000円分の賃金価値が上がったという。

 労組の前田修平事務局長は「会社全体に効果が波及したのが大きかった」と語る。労使が協議会を通じてフレックスタイム、テレワークによる在宅勤務、育児・介護休暇の拡充など実施してきた。しかし、繁忙職場などへの広がりは難しかった。

 ▽海外を参考に

 改革をリードしたのは、2015年6月に就任した西井孝明社長だった。直前までブラジル法人の社長で、現地の社員が家族と過ごす時間を大切にしながら効率良く働いている様子を目の当たりにしていた。

 朝から夜まで働く日本での勤務形態に比べて、ブラジルの方が精神的に豊かな生活を送っていると実感した。

 味の素は「クローバルトップ10」の目標を掲げ、世界でも10に入る有力企業を目指す。しかし西井社長には、日本特有の働き方を方打破しないとグローバルカンパニーにはなれないとの思いがあった。

 労働時間が減っても残業代が少なくなるだけでは社員にとって不満が残る。改革で生み出された原資は、人材育成など社員に還元する方針だ。モバイルパソコン、シェアオフィスを活用できるよう投資に資金を充当する。

 ▽全社に波及

 「表面的な制度導入ではなく、より実効性を上げるために、もがき苦しんできたところで、たまたま成果が出た。あきらめずに取り組んできた結果だ」。前田事務局長は、これまでの取り組みを振り返る。

 組合は07年春闘で、時間外割増賃金を50%にするよう求めていた。当時は年間の平均総労働時間が2000時間を上回り、時短に本気で取り組みたいとの意思表示だったという。実質ゼロ回答だったが、組合側の趣旨は経営側に伝わり、労使委員会が発足。人事関連メンバー、労組役員ら10人ほどで構成。働き方改革に向け、労使の認識が一定程度一致し、その後の交渉の土台になった。

 その後の改革への取り組みでは、フレックス制、時間単位の有給休暇制度、テレワークによる在宅勤務などを導入し始めた。しかし、フレックス制は当時、営業の外勤、工場のオペレーターは対象外であるなど、全社に働き方改革は広がらなかった。

 経営企画、人事、財務、商品企画など、キーポジション、繁忙職場ではなかなか時短が進まない。自分たちで仕事へのこだわりが、長時間労働につながっている面もあったようだ。職場で懇談会を開催、なぜ時短ができないか、徹底討論を続けたという。

 組合は16年春闘で、所定労働時間の削減を提案。所定労働時間単色は当時、労働側の要求としても極めて珍しく、組合員からは「実入りを増やせ。それこそが労働条件向上だろう」と批判を受けた。しかし、労働の金銭価値は管理職含め全社で高まる。社内に時短、働き方改革の効果を広げるためにも、労使が一緒になって実質的な労働条件向上を目指すべきと考えた。

 今後は、ルーティンの仕事を自動化、効率化し、生み出された時間をより創造的な仕事に振り替えていくことが求められるという。

 工場勤務の平均年齢は40代前半で、7割ぐらいの人は今後、介護の問題が出てくる。工場でもフレキシブルに働けるようにしたいという。

 人事部の古賀吉晃さんは、働き方改革を通じて、今後は業績改善に結びつけたいとし、「スピード、イノベーティブの二つを実現させることが必要」と強調する。

 ▽目標

 味の素として、自社の働き方改革は一定程度、成果を出した。しかしグループ内、さらに取引先企業へ、いかにして広げていくかが課題になるという。

 特に大手の味の素の改革により、そのしわ寄せが取引先などに及ぶのではないか。前田事務局長によると、「労組が一番懸念しているところだ」という。

 物流、製造の流れの中で、味の素本体が仕事をスリム化しても、そのあおりを、断りにくい立場の関連会社が受けることはないか。社内の取り組み、成果を他社に広げるのが次の課題という。

 人事部の古賀さんは「どこかが動かないと、改革の流れは波及しない。会社として味の素が先陣を切るという考えだ。この動きがグループに伝わって、グループの取り組みが、世の中に伝わって、日本全体の働き方を変えるきっかけになれば」と期待する。

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