日露戦争「日本海海戦」から114年 対馬で戦没者慰霊祭

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114年前の日露戦争「日本海海戦」の戦没者を追悼する上対馬町西泊地区の住民が開いた28日の慰霊祭=殿崎公園

 114年前の日露戦争「日本海海戦」で犠牲となった日露両国の戦没者約5千人の慰霊祭が27、28の両日、長崎県対馬市上対馬町西泊の殿崎公園であり、住民や自衛隊関係者らが追悼した。

 海戦は1905年5月27日に対馬沖の日本海で始まり、旧日本海軍の連合艦隊が勝利した。翌日、同町西泊地区に流れ着いたロシア兵を地元住民が泉に案内し、民家に泊めて食事を振る舞ったという。

 園内の「殿崎岡碑」は、地元住民が2011年に建立。連合艦隊の東郷平八郎司令長官が揮毫(きごう)した「恩海義嶠(おんかいぎきょう)」(“恵みの海、義は高し”の意)が刻まれている。

 28日の慰霊祭は、地元住民らでつくる委員会(犬束俊治委員長)主催。住民や海自関係者ら約40人が碑に黙とう、献花した。海自上対馬警備所長の原口晋治3佐は「隣町で起きたこともすぐに分からない時代に、何の偏見も持たず救いの手を差し伸べたことは称賛に値する。殿崎における友好の和を見本に、世界平和を願う」とあいさつ。犬束委員長は「先人の美挙を後世に伝え続けていきたい」と述べた。

 対馬防衛協会などと共催した「日露・対馬沖海戦追悼慰霊祭実行委員会」(武末裕雄委員長)は27日、同公園で慰霊祭を開き、地元住民や陸海空自関係者ら約150人が参列した。武末会長は「以前ロシアを訪問した際にも対馬の名は知れ渡っていた。対馬沖であった海戦のすごさを心に刻んでいただきたい」とあいさつした。