箱根の長老電車は実年齢100歳?

箱根の山を力強く登る箱根登山電車の「103」

 このコラムを書いた2019年5月30日、筆者が暮らす関東地方には梅雨入りが迫っている。関東で梅雨と言えばアジサイ、アジサイと言えば神奈川県西部の「あじさい電車」こと箱根登山電車を連想する。

 箱根登山電車は箱根登山鉄道の電車線(小田原―強羅)の通称で、小田急線の電車が乗り入れない箱根湯本―強羅間では、大正時代に製造された電車を改造した「実年齢100歳」の長老電車が、令和になった今も定期列車として活躍しており、鉄道ファンはもちろん観光客にも人気だ。

 ところで皆さんは箱根登山電車と聞いて、どんな車両を思い浮かべるだろうか? かつての小田急ロマンスカーのような「バーミリオンオレンジとグレーに白いラインの電車」を挙げる人が多いだろう。いわゆる「旧型電車」で、生い茂った緑の中を走る姿がよく似合う。晴れても曇っても雨が降っても絵になるので、被写体としても魅力的だし、もちろん乗っても楽しい。

 1981年にカルダン式の新型電車1000形「ベルニナ号」が登場するまで、箱根登山電車に所属していたのは釣り掛け式の旧型電車だけだった。1000形が投入されてからも、しばらくは「旧型電車王国」の時期が続いていた。新型電車との交代が一気に行われず、年月を掛けて少しずつ進んだためか、旧型電車は現有勢力が6両に減った今でも「箱根登山電車の顔」としての存在感は揺らがない。

 旧型電車6両のうち、車号「103」と「107」のペアは釣り掛け式駆動装置を搭載しており、ファンから「サンナナ」と呼ばれている。残りの4両はカルダン式駆動装置に変更されており、実態は「車体が旧型電車のままの新性能電車」ということになる。

 筆者にとって「サンナナ」の魅力は、いかにも旧型電車らしい車体と走行音だ。角張った無骨な車体は、どこか誇らしげに見える。ひたすら急勾配が続くため、釣り掛け式ならではの重厚な音を長く堪能できる。うなりながら、ゆっくりと着実に山を登っていく姿は、まるで「天下の険」箱根山のベテラン強力に思えてくる。

箱根の山を下って行く箱根登山電車の「103」

 「サンナナ」は「モハ1形」といって、公式には1950年製造の69歳という大ベテランだ。ところが経歴を追うと、1919年の箱根湯本―強羅間開業に合わせて製造された「チキ1形」という木造電車が前身で、1950年に車体を木造から金属製に更新するなどの改造を受け、その2年後に呼び名が「モハ1形」に変更された。

 実年齢は100歳といえる。国内で定期列車として走る電車では最古級。各地で復活運転されている大半の蒸気機関車(SL)よりも先輩なのだ。

 夢のような古豪の運転はいつまでも続かず、このほど本年7月19日が「ラストラン」と発表された。引退後は解体の運命をたどるのだろうか。きっとファンの心の中では、いつまでも走り続けるに違いない。

 ☆寺尾敦史(てらお・あつし)共同通信社映像音声部。箱根登山電車の宮ノ下駅には「イノシシ出没地帯」と注意を呼び掛ける看板があります。まだ沿線で撮影していてイノシシに遭遇したことはありませんが、蛇や蜂ならあります。襲われないように気を付けましょう。

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