パブリカ | トヨタ - 日本版「国民車構想」がきっかけに

旧車ギャラリー

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後のスターレットやカローラにつながっていった

・モデル名 :パブリカ
・メーカー名:トヨタ
・年式   :1967
・撮影場所 :サクラオートヒストリーフォーラム

日本版「国民車構想」と呼ばれる政策から生まれたといわれる、トヨタの大衆車の原点がパブリカだ。
国民車構想で求められたスペックは当時の技術ではとてもハードルが高かった。4名が搭乗した状態で時速100 kmが出せる、時速60kmの燃費がリッター30 km、販売価格25万円以下、走行距離が10万 km以上の耐久性、などなど。

実際には国民車構想政策は発表されなかったそうなんだけど、当時の自動車メーカーはやはり必要性を感じていたようで、各社がそれぞれ研究を進めていたようだね。スバル360、スズキのスズライトTL、三菱からはミニカや三菱500、ダイハツ・フェロー、マツダ・R360など大衆にも手の届くクルマが相次いで登場することになった。
そんな中で生まれたパブリカは、後のスターレットやカローラにつながっていったんだ。