専門家が震えた 法廷での手錠、腰縄に異論判決 「配慮欠く」〝市中引き回し〟

手錠、腰縄姿のイメージ写真(大阪弁護士会提供)

 刑事裁判を傍聴すると目にする、手錠と腰縄で拘束された〝犯罪者然〟とした被告の姿。かつては当たり前の光景とされてきたものの、弁護士らの間では「(江戸時代の)市中引き回しに等しく、人権上問題がある」との声が高まっている。大阪弁護士会が2015年10月から2年間実施したアンケートでも、多数の被告らが「言いたいことが言えなくなる」「罪人と思われていると感じた」と返答していた。5月下旬に法廷での拘束を問題視した訴訟の判決があった。大阪地裁は「配慮を欠く」と裁判所の責任を明らかにする画期的な判断を示した(共同通信=大阪社会部・武田惇志)

 ▽罪人の象徴

 今回、原告となった30~40代の男性2人は2017年、ある刑事事件の被告として大阪地裁に手錠・腰縄姿で出廷。その後、そばにいた刑務官が手錠を外し、腰縄も取り外した。2人の弁護人はそれぞれ、拘束された姿を見られずに法廷へ入退廷できるよう、遮蔽用のついたての設置を申し立てていたが、裁判官は理由を示すことなく要求を退けていた。これを問題視した弁護人らは弁護団を結成し、国家賠償請求に踏み切った。

 裁判で原告側は、「手錠や腰縄は身体の自由を制約するとともに、歴史的に罪人を象徴する道具とされてきたもの」と主張。有罪判決が確定するまでは無罪と推定される「推定無罪の原則」にも反していると訴え、計50万円の賠償を請求した。

 これに対し、国側は手錠を外して入廷させると「被告が逃走をする可能性は格段に高まる」と反論。護送を担当する刑事施設の職員を増員しなければならなくなると主張していた。

 ▽裁判官批判まで

 大阪地裁の大須賀寛之裁判長は5月27日の判決で、無罪推定の原則と「すべて国民は、個人として尊重される」と規定する憲法13条の趣旨に照らし、「手錠などを施された姿をみだりに公衆にさらされないとの正当な利益や期待があり、法的な保護に値する」と明言。さらに、理由も示さずに弁護人の申し立てを退けた当時の裁判官の措置は「被告の正当な利益に対する配慮を欠くものだった」と批判した。

 また「裁判長(官)は、可能な限り傍聴人に被告人の手錠姿がさらされないような方法をとることが求められている」と述べ、法廷の出入り口の扉の外で着脱したり、ついたてなどで隠したりする方法が考えられるとした。

 一方で、裁判長(官)が法廷の秩序維持のために退廷命令を下すなどできる「法廷警察権」は裁判長の広範な裁量にゆだねられており、その目的を大きく逸脱しない限り国賠法上、違法と評価されないとする最高裁判例を引用。拘束に「逃走防止以外の意図があったとは認められない」として、国賠請求を棄却した。

法廷での腰縄と手錠の運用について、被告の抵抗感の実態を調べるアンケート用紙

 ▽遅れる刑事司法

 日本では、法廷で被告が手錠・腰縄姿で入退廷する光景は、これまであまり問題にされてこなかった。だが海外メディアには異様な光景に映るようだ。今年1月、勾留理由開示手続きで東京地裁に出廷した日産のカルロス・ゴーン前会長も手錠・腰縄姿だった。辣腕経営者のイメージと、逮捕後初めて公の場に見せたみじめな姿との落差に衝撃を受けたのだろうか。英フィナンシャル・タイムズ紙は同月9日、「ゴーン事件は日本の司法制度を裁判にかける」の見出しで「人質司法」問題を紹介するとともに、ゴーン被告につけられた腰縄も法廷の光景として話題を呼んだと伝えている。

 09年からスタートした裁判員裁判では裁判員に拘束具を見せない運用がなされているが、大阪弁護士会のアンケートに回答した被告ら26人のうち、21人が手錠・腰縄姿を傍聴人に見られることに恥辱を感じ、16人が裁判官に見られると「罪人と思われていると感じた」と答えている。

 ▽条文に忠実な韓国

 そもそも、刑事手続きを定めた法律である刑事訴訟法は「公判廷においては、被告人の身体を拘束してはならない」と明確に規定している。これに対し、国は「公判廷とは裁判官が開廷を宣言し、閉廷を告げるまで」と主張。法廷ではあるが、入退廷する時間は「公判廷」とはならないとの解釈に立っている。大須賀裁判長もこの点は国と同様の解釈をしている。

 だが、お隣の韓国では状況が異なる。韓国の刑事訴訟法にも日本とほぼ同じ条文があり、公判廷での身体拘束を禁じている。韓国の法廷を視察した弁護団によると、被告人は法廷外の待機室で拘束具を外されてから入廷し、退廷後も待機室で拘束されるようになっており、条文に忠実な運用といえる。また、EUでも法廷内での拘束具使用は拘束具を見えないように各国に指示する指令が出されているという。

 日本でも最高裁は、特段の事情が認められる場合に限り、公判廷が始まる前に拘束具を着脱できるとしている。つまり例外を認めているのだが、個々の裁判官の判断次第となっており、実際は弁護人が申し入れても聞き入れられない場合が多い。

記者会見する近畿大法学部の辻本典央教授=2019年5月27日午後、大阪市の司法記者クラブ

 今回の判決は、そうした個別の裁判官の判断について「配慮を欠く」と断じ、関係者を驚かせた。近畿大法学部の辻本典央教授(刑事訴訟法)は「法廷で判決骨子の読み上げを聞き、体が震えた」と心情を吐露。「手錠・腰縄姿をさらすことを法的な問題としたこと、裁判所の責任を明確にしたことは画期的だ。今後は専門家間でも議論が高まるだろう」と評価する。

 さらに今月4日には大阪弁護士会の今川忠会長が声明を発表した。「申し入れ に応じて、裁判所が刑事施設と協議し、具体的な解錠・施錠の方法などを判断するプロセスを経なければならないことを明らかにした」と意義を強調。この判決に至るまでに被告の権利擁護のために活動してきた弁護人らの地道な努力を忘れてはならない、とも付け加えた。

 古くて新しいこの問題。弁護団は今後もことあるごとに裁判所に対し配慮を求めていくことで運用の改善を図っていく方針だという。

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