【世界から】NZ、社会を支える「循環する善意」

ニュージーランド・クライストチャーチの銃乱射事件で、市が設けた追悼場所に花を手向ける少女=21日(共同)

 3月15日にニュージーランド第2の都市であるクライストチャーチで起こったモスク銃撃事件は、死者51人、けが人49人を出す大惨事となった。国民は皆一様に大きなショックを受け、悲しみにくれた。その一方で、「被害者のために何かしなくては」という機運が一挙に高まった。事件当日に、犯罪などの被害者を支援する組織「ニュージーランド・カウンシル・オブ・ビクティム・サポート・グループス」がクラウドファンディングのページを立ち上げたところ、分刻みで寄付金が寄せられるなどアクセスが集中。その結果、ページが一時ダウンするほどだった。これはニュージーランド人持前の寛大さをおおいに物語るものだった。

▼できる範囲で

 ニュージーランドで暮らしていると、この地に住む人々の心の広さに感激することがしばしばある。筆者は慈善団体の募金活動にも携わっている。街頭募金を呼び掛けるために年に何回か通りに立つが、その時には決まって人々が見せる優しさに接して心打たれる。お札を惜しげもなく募金箱に入れてくれる人もいれば、現金の持ち合わせがないと、わざわざ小銭を車まで取りに行ってくれる人もいる。とはいえ、協力してくれるのは必ずしもお金がありそうな人というわけではない。それぞれの人ができる範囲で善意を寄せてくれる。国内の慈善団体と助成金プログラムを統括する「フィランソロピー・ニュージーランド」によれば、毎年個人が行う寄付金の総額は合計15億ニュージーランド・ドル(約1065億円)に上るという。

スーパーマーケットに置かれた寄付用の棚。寄付される食品などが無くなることはない=クローディアー真理撮影

 募金に加え、物資の提供も広く行われている。新品や必要なくなったがまだ使えるものを慈善団体に持っていくと、団体はそれを安価で販売。利益を運営資金にあてる。もっと手軽にできる方法もある。スーパーマーケットには慈善団体へ寄付する物を置く専用の棚が普通に設けられている。ここで、集まった物資はドメスティックバイオレンス(DV)の被害にあった女性や貧困家庭を助ける団体へ送られる。寄付する意思のある人は買った食品や日用品を棚に置くだけ。缶詰一つでも、パスタ1パックでも構わない。ニュージーランドにおいて、人助けは何ら特別なことではない。ごく日常的なことなのだ。

▼ボランティアは至る所に

 ボランティア活動も盛んだ。例えば、学校の運営を円滑に進めるためにボランティアは欠かせない。授業中に教師の補佐役を務めるのも、クラブ活動を率いるのも、ボランティアとして活動する保護者や近所に住む人たちだ。また、ニュージーランドが誇る自然豊かな環境の中で暮らせるのも、環境保護活動に励むボランティアがいるからこそ。店舗や幼稚園、病院、老人ホーム、空港、博物館、美術館とあらゆるところでボランティアの姿を見ることができる。

 非常時にもボランティアは活躍する。地方で火災や事故にかけつける消防隊員も、全国を網羅する救急隊の救急救命士もボランティアが担っている。そもそも救急隊自体が慈善団体であり、一般人などの寄付金で運営が賄われている。人々の命を預かるのもボランティアというわけだ。

環境保護のボランティアに携わる親子。ニュージーランド社会を支える寛大な心はこうやって次世代に受け継がれていく(C)DOC

 国内のボランティア団体が集まった組織「ボランティアリング・ニュージーランド」が2017年に発表したところによれば、国民の約4分の1がボランティア活動に携わっているそうだ。その経済効果は35億ニュージーランド・ドル(約2485億円)に上るという。ボランティアなくしては、社会は回らず、暮らしは成り立たない。

▼「持ちつ持たれつ」

 ニュージーランドを支えているのは人々の寛大な心だ。自分が社会に無償の貢献をすれば、それは誰かの役に立つ。そして、自分も別の人が差し伸べる善意の恩恵を受けている。「持ちつ持たれつ」で日々の生活は営まれている。つまりは、寛大さが社会を循環しているのだ。

 5月30日で「ニュージーランド・カウンシル・オブ・ビクティム・サポート・グループス」によるクラウドファンディングは終了。総額は約1080万ニュージーランド・ドル(約7億6700万円)に上った。現在はクライストチャーチの市長が創設した基金などが引き継いでいる。事件直後と比べるとペースこそ緩やかになっている。それでも確実に支援は寄せられ続けている。

 「社会のリーダーになりたい」。事件の遺族である少年は将来について問われ、そう語った。彼が目標としているのが、ガマール・ファウダ導師。被害を受けたモスクの代表者だ。導師は追悼式で、人々に人種や宗教を超えた結束を強く訴えた。寄付金などを通じて多くの人が支援した少年が、調和を重んじるリーダーとして社会に尽くそうという思いを抱いているのだ。人々の寛大さと善意のおかげで、絶望に打ちひしがれた少年にも、社会にも、希望が芽吹きかけている。(ニュージーランド在住ジャーナリスト クローディアー真理=共同通信特約)

モスク銃撃事件の犠牲者のために手向けられた花やぬいぐるみは、ニュージーランドに住む人々の優しさの表れだ(C)Luis Alejandro Apiolaza used under CC BY-SA 4.0

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