意外な仮説

 〈たとえばプロ棋士100人にある局面を示して「どんな手を指しますか。三つ選んでください」と言うと、その三つはほぼ一致します。その後の読みも、だいたいみんな同じ想像をします〉▲将棋の通算勝利数記録を27年ぶりに塗り替えた羽生善治さんが10年ほど前、「トップレベルの将棋」についてこんなふうに語ったことがある。「羽生善治 闘う頭脳」(文春文庫)から▲直感力も論理的思考力も大きな差がない中で、ちょっとした違いが生まれて勝負が決まるということでしかない…それは、若い頃から一貫した羽生さんの持論でもある。自分が考えつく手は必ず相手にも見えているはずだ-と▲しかし、その謙虚さだけでは、長くトップを走り続ける圧倒的な好成績を説明できない。羽生さんもそう考えたのだろうか、記事では意外な仮説が提示される▲〈実は勝負を決めているのは、知識でも頭の回転でもなくて…最後は「負けたくない」と思う気合いや、努力しても勝ちに恵まれないときにも持ちこたえる根性とか、今の時代にはまったく評価されない泥臭い能力が大きいのではないかと思っています〉▲スマートな天才棋士と古めかしい精神論。ミスマッチがどこか新鮮だ。1434勝はもちろん通過点。数字はどこまで積み上がっていくだろう。(智)

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