イラン訪問の隠れた目的は「日朝首脳会談」 安倍首相による歴史的な「仲介外交」の成否注視

By 内田恭司

イランのロウハニ大統領(右)と会談前に握手する安倍首相=2018年9月26日、米ニューヨーク(代表撮影・共同)

 5月27日の日米首脳会談での約束を果たすため、安倍晋三首相は6月12日から、日本の首相としては福田赳夫首相以来41年ぶりにイランを訪問し、最高指導者のハメネイ師らとの会談に臨む。関係が危機的に悪化している米国とイランの対話を仲介するためだが、日朝首脳会談の実現につなげるという、隠れた目的があることも押さえておく必要がある。ただ会談実現のハードルは高く、日本人拉致問題解決への道筋は依然として見えない。(共同通信=内田恭司)

 ▽停滞打破のチャンスに

 安倍首相は当初、乗り気でなかったようだ。日本政府関係者によると、トランプ大統領がイランとの関係仲介を持ち掛けてきたのは4月下旬に首相が米ワシントンを訪れた際、トランプ氏と共にプレーしたゴルフ場においてだった。

 首相は懸案の日米貿易交渉について「夏に参院選があるので、協定案がまとまっても国会を通すのは秋以降になる。それなら秋の合意でもいいではないか」と、決着の先送りを要請。トランプ氏は「シンゾーの言う通りだ」と快諾するかわりに切り出したのが、首相によるイラン訪問だったという。

 首相は即答を避けたが、日朝対話実現のために仲介の労を取るトランプ氏のたっての要請であり、今後の日米関係を考えても受けざるを得ないと判断。5月下旬に訪日したトランプ氏と千葉県内でゴルフをした際に、訪問する意向を伝えた。余談だが、昭恵夫人は3年前にイランを訪れ、大いに歓迎されている。

 首相の狙いは、イランの「新たな核危機」を巡る米国とイランとの対話を後押しすることで、中東地域での存在感を高めるとともに日米関係をより緊密にするところにある。そして、あわよくば日朝関係の停滞を打破するチャンスにしたいと考えているのは間違いない。

 イランの核開発問題では、2015年にイランと英国、ドイツ、フランス、中国、ロシアそして米国とによる合意が成立。イランは核開発の大幅な制限を受け入れるかわりに、国際的な制裁を解除され、再び石油市場へのアクセスを得た。

 しかし、大統領に就任したトランプ氏は、合意は核開発を許すもので「史上最悪だ」と厳しく批判。イランが弾道ミサイル開発やイスラム過激派への支援を続け、イスラエルへの脅威となっているとして昨年、一方的に合意を離脱してイラン産原油の禁輸措置を再開させた。イランは激しく反発し、一触即発の危機となっているのが現在の状況だ。

 ▽米イラン首脳会談は9月?

 安倍首相としては、イラン訪問で米国とイランによる対話の糸口を見つけ、今月28、29両日に大阪で自らが議長となって開催する主要20カ国・地域首脳会合(G20サミット)に、イランのロウハニ大統領を緊急招請したい考えとみられる。

 ただ実現可能性は「極めて低い」(日本政府関係者)ので、自身のイラン訪問の成果をサミットの議長宣言に盛り込んで、G20として次期議長のサウジアラビアとともに平和的解決を要請し、対話の流れを作ることを現実的なラインとして検討しているようだ。9月に米ニューヨークで開かれる国連総会には毎年、イラン首脳も出席する。ここで対話が実現すれば、仲介外交としてはまずまずの成果を挙げたことになるだろう。

 そして北朝鮮だ。イランと北朝鮮は、核と弾道ミサイル開発で協力関係にあるとされる友好国同士だ。首相はイランでハメネイ師とロウハニ大統領に、首相が前提条件なしでの実現を目指す金正恩朝鮮労働党委員長との首脳会談への協力を直接要請する考えだ。政府関係者は「会う以上は、当然そのつもりだ」と認める。

 首相はトランプ氏の動きにも期待を寄せる。トランプ氏はG20サミット直後に韓国を訪問する。韓国政府関係者によると、文在寅大統領はトランプ氏と板門店を訪問できないか検討しているという。昨年11月の訪韓時にも模索したが、文政権が北朝鮮との3者首脳会談を画策しているのを米側が嫌い、実現しなかった経緯がある。

 今回、金委員長が板門店に現れるかどうかは別として、トランプ氏が板門店を訪れれば北朝鮮への前向きなメッセージとなりうる。首相による「仲介外交」が一つの起点となり、中東や北東アジアにおける政治力学に変化を起こすことになれば、日朝関係に動きが出てくる可能性もある。

5月31日、北朝鮮北部の江界トラクター総合工場を視察する金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=共同)

 ▽問われる安倍首相の外交力

 しかし、現実はそう簡単ではない。日朝対話にまでつながる今回の構想が回っていくには、まずは安倍首相のイラン訪問が鍵となるが、成功は見通せていない。トランプ氏も米朝関係が冷え込む中、おいそれと板門店に行けないだろう。さらに、肝心の日朝間では5月に極秘接触があったもようだが、結果は芳しくなかったようだ。

 首相のイラン訪問では、ロウハニ大統領よりも、80歳を過ぎてなお健在のハメネイ師との会談が重要となる。だが、対米強硬派としてイランの核開発を導いてきたハメネイ師から、トランプ氏が満足する水準の妥協を引き出すのは困難だ。

 米国にとり、核兵器開発に至っていないイランの現実的な脅威は、同盟国のイスラエルやサウジアラビアを脅す弾道ミサイルだ。一方のイランは石油禁輸でダメージを受けている。イランがミサイル開発を一時停止し、米国も制裁を緩和すれば歩み寄りの余地も出てくると国際関係筋は読む。

 だが、双方の不信感は極めて強く、ここを何とかしなければ安倍首相は前に進めない。トランプ氏との蜜月関係を築いた自身の外交力が問われる局面だ。

2017年11月4日、イランの首都テヘランで開かれた反米集会で展示された中距離弾道ミサイル(共同)

 日朝関係では、安倍首相に近い民間人が5月に極秘訪朝し、前提条件を付けずに首脳会談を行いたいとの首相の意向を北朝鮮側に伝達。北朝鮮側は往来規制の解除や食糧支援の実施などを要求し、民間人は持ち帰って首相に報告したという。

 実はこの情報は永田町周辺から漏れてくるもので、事実関係は確認されていない。言えるのは、首相が明かすように会談実現のめどは全く立っていないということだ。だからこそ安倍政権は仲介外交を足場にして状況を動かせないかと模索を続ける。まずはイラン訪問の成否を注視したい。

© 一般社団法人共同通信社