「鼻で笑われても」―66年ぶりVで選手権初出場、大阪工業大監督が掲げた意識付け

大阪工業大学を指揮する田中恵三監督【写真:編集部】

66年ぶりに近畿学生野球リーグ優勝で全日本大学野球選手権に初出場、初戦は10日に創価大と対戦

 大阪工業大学が近畿学生野球リーグを66年ぶりに制し、6月10日から始まる全日本大学野球選手権に出場する。31歳の若さでチームを指揮するのは田中恵三監督。同校OBで4年時には主将を務めた。栃岡清人総監督、大学、OBの力強いバックアップを受け、コーチを経て、就任5年目で初の全国切符。その裏には新しい意識付けと変わらない伝統があった。

 ずっと言葉にしてきたことがある。

「神宮に行く」

 神宮とは大学の全国大会出場を示している。田中監督は現役時代から目標にし、ボールを追いかけてきた。しかし、現実は近畿学生野球リーグの2部。3年生(2009年)の時に10年ぶりに1部に昇格したが、1部の優勝には届かなかった。

「自分はやるからには思っていましたけど……」

 実際、同じような気持ちを持っていた選手がいたかどうかはわからない。ただ、この意識が薄ければ、絶対に辿り着けない場所ではある。2014年に監督に就任してからも栃岡総監督とともに合言葉のように口にし続けた。

「僕らも言って、学生にも言わせました。周りが鼻で笑うかもしれないですが、大学で野球をやらせてもらっているからにはそこを目標にしないといけない。監督を当時引き受けたときは2部でした。神宮というフレーズを出しても、『そんなの行けるんですか?』という空気でした」

 今年のチームはその意識付けが功を奏した。だが、選手の力だけを見たら、「今よりも昔の方が力のあるチームはあったかもしれません」と振り返る。

 つまり、意識付けひとつでチームは変われる。勝てる可能性があるということだ。

10年以上前から大阪工業大学にある「サプリメント練習」

 リーグ戦で大事な試合を落としても、あまり悔しさが伝わってこない時もあった。そんな時は感情的にもなった。栃岡総監督が学生の前で涙を流しながら、その一戦が持つ意味を訴えかけた時もあった。今春も阪南大に連敗し、勝ち点を落とした試合で総監督が涙の“喝”を入れ、その後の奈良産業大、神戸大からの勝ち点奪取につながった。選手の心の“スイッチ”を指導者たちが見つけては押して、チーム力を上げてきた。

 5年間で選手の持つ意識は変わった。
 
「66年ぶりのリーグ優勝と聞いて、実感はありませんでした。学校関係者やOBの方々、保護者の皆様が期待を寄せて、一緒に歩んでくれたおかげです。それに選手が応えてくれたと思っています。私が振り返れる期間はコーチ時代を入れても短いですが、チーム内には変わらない伝統もあります」

 変わらないもの。その一つが「サプリメント練習」と呼ばれるものだという。

 10年以上前から、同大学にある練習方法で「サプリメント=足りないものを補給する」ことがテーマ。部内では「サプリ」と呼ばれ、浸透している。

「足りないもの、今必要なものを練習するという意識付けの一環です。試験期間中の自主練習をサプリメント練習期間と言ったり、全体練習が終わった1時間を“サプリ”にして、何か1時間、これをやって帰ろうという気持ちを持たせています。今までの伝統として受け継がれています」

 長年の2つの意識付けが実り、ついに夢が現実になった。10日に迎える初戦の創価大戦は神宮球場ではなく、東京ドームだが、全国の舞台であることは変わらない。

「乗り越えないといけなかった使命、課題をクリアして、全国の舞台に挑戦する権利を得られました。目の前のチャンスを奪う男、チームにならないと意味がないと思っています。2つ勝てば目標としているベスト8でもあり、神宮でもプレーできます。まずは1つ目を勝ち、神宮で自分たちの野球ができたらいいですね」

 言葉の力は現実になる。大阪工業大の新たな1ページが刻まれる。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

© 株式会社Creative2