負の遺産消した「シャープ」 直面する〝特殊事情〟 鴻海トップの総統選出馬、米中貿易戦争

シャープ本社と戴正呉社長

 台湾の鴻海精密工業傘下のシャープは11日、4年前の経営危機の際に借入金と交換する形で発行、主要取引銀行(みずほ銀行と三菱UFJ銀行)が保有していた優先株全てを手元資金で買い取ることを明らかにした。配当が高く負担になっていた約1千億円の優先株を消却、「負の遺産」を一掃できることになる。都内で開かれた会見で戴正呉会長兼社長は「就任から3年で消却を達成できてうれしい」と語った。一方、シャープは財務面とは違う、これから全く先が見えない二つの局面、「特殊事情」と向き合わざるを得ないようだ。それは親会社鴻海の郭台銘会長の台湾総統選出馬(来年1月)と「米中貿易戦争」の余波だ。

(共同通信=柴田友明)

 米原子力大手ウェスチングハウス・エレクトリックを買収した東芝が寿命を縮めたように、過去の液晶事業への巨額投資がシャープの首を絞めたとされる。シャープ買収交渉では、3年前に政府系の革新機構に競り勝ち、何度も来日した郭台銘会長をニュース映像で覚えている人は多いだろう。

 1970年代に白黒テレビのチャンネルのつまみ部分をつくっていた町工場を世界的な電化製品メーカーに育てたカリスマ経営者は今年4月、台湾・国民党の党内予備選への出馬を表明。鴻海の生産拠点の多くが大陸にあるため中国とのかかわりが深いとされるが、5月には「トランプ米大統領とホワイトハウスで直接会談した」と自ら宣伝するなど、米中双方のパイプの太さを台湾内で示して総統選の「台風の目」になりつつある。

 出馬に伴い、郭氏の側近でもあるシャープの戴氏の去就が注目されている。郭氏の後継、鴻海の会長になるでのはないかと台湾メディアに取り上げられているからだ。戴氏自身はこれまでに「(郭氏出馬とシャープの経営は)全然関係ない」と日本メディアに語り、そういった見方を打ち消そうと努めている。今月11日の会見でも「会長は2021年度まで続ける」といい、この間に次期社長を社内外から選ぶと語った。

2019年4月17日、台湾の国民党本部で、孫文の肖像画の前でお辞儀する鴻海精密工業の郭台銘会長=台北(共同)

 仮に、郭氏が国民党代表候補となり、総統選で勝利したときに米中に対してどういう「立ち位置」を取るかは現段階で判然としていない。ただ、軍事面を含めた大国の覇権争い、その渦中で実業界で培った人脈を駆使して難しい舵取りをすることになる。大陸への反感や複雑な感情を抱く台湾市民のメンタリティにどう訴えていくかが、選挙のカギとなろう。米大統領線でトランプ氏は当初、大手メディアで有力候補扱いされなかったが、郭氏は現段階で間違いなく有力候補だ。

 台湾各紙の世論調査では、国民党内でライバルの韓国瑜・高雄市長が庶民派をアピールして一歩リード。郭氏が追うかたちになっているが、今後の先行きは分からない。

 「米中貿易摩擦の影響を最小化すべく、生産体制を再構築」。会見では戴氏ら経営陣はシャープ製の大型液晶画面にそう表示されたタイトルの前で米中対立の急激な環境変化に対応、リスク回避に当たっていると何度も繰り返した。米国の追加関税を想定して、これまで大陸に軸足を置いてきた生産システムを見直してアセアンへの移管。企業・官公庁向け「B to B」の売上比率を現在の35%から50%に引き上げ。超高精細の「8K」、第5世代(5G)移動通信システムなどの技術を生かした分野での存在感も誇示、強気の姿勢を崩さなかった。

 戴氏は記者から過去3年間を自己採点したら何点かと尋ねられたが、日本語で「自分で採点するのは難しい」と慎重な答えだったが、記者の質問に身を乗り出して聞き入っていた姿勢が印象的だった。日本人副社長の説明がやや不十分だったと思ったらしく、記者向けに表示されるディスプレイの資料を新たに表示させるなど、メディア対応への強いこだわりも感じられた。

 「GAFAがどうあがいてもアクセスできないデータがシャープには蓄積されている。例えば、お客さまが電子レンジをどう使っているかどうかなど、(電化製品の使用状況など)ほかの機器をつないで、さらにバリューの高いものを提供したい」。鴻海傘下のシャープ経営陣は巨大IT企業ができない分野に挑戦するとした。会見でのアグレッシブな説明ぶりに筆者は目を見張った。

買収契約の記者会見で握手する(左から)鴻海精密工業の戴正呉氏、郭台銘会長、シャープの高橋興三社長、肩書は撮影当時=2016年4月2日、堺市

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