憧れの新幹線通勤への“近道”

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

博多南線にも乗り入れるJR西日本の500系(上)と、「ハローキティ」で装飾した500系=それぞれ1月、4月に福岡市で撮影

 「静岡から東京の会社まで東海道新幹線で通勤しています」という会社員の話を聞き、新幹線のゆったりとしたクロスシート座席に腰掛けての“重役出勤”に憧れたことがある。この社員が勤める大手電機メーカーは新幹線車両に使う機器も納入しており、1カ月ならば13万3860円かかる通勤定期代も太っ腹に全額支給してくれるという。

 しかし、東京発の最終列車は午後10時10分で、私のように夜遅くなることがしばしばあり、勤務時間が不規則な者に向くとは到底思えない。かくして新幹線通勤は高嶺の花であり続け、縁がないまま歩んできた。ところが、勤務先の共同通信社で昨年12月に異動があり、実現に最も“近道”の都市圏に転勤するという千載一遇のチャンスを手にした。

 それは福岡都市圏だ。博多南駅(福岡県春日市)の近くに住んだ場合、8・5キロ離れた福岡市中心部の博多までJR西日本の新幹線博多南線に乗れば最短8分で着く。博多南発の始発は午前6時1分、博多発の最終は午後11時37分。博多駅近くで宴席に参加した場合、東京駅近くで飲んで静岡への東海道新幹線最終列車に乗る場合に比べて約1時間半も長く楽しめる。

 さらに驚くのは、博多南線が運賃と特急料金を合わせても片道で大人300円、子ども150円という通常の通勤電車並みの安さだ。1カ月の大人の通勤定期代は9600円と、東京―静岡の約14分の1にとどまる。

 しかも大部分の列車をN700Aが占めるためやや単調になりがちな東海道新幹線に対し、博多南線は「イケメン新幹線」と称される500系や、昨年登場した人気キャラクター「ハローキティ」を装飾した500系、700系レールスターといった“人気者”が入れ代わり立ち代わり入線する。

 さらに博多南駅に面した新幹線の車両基地、博多総合車両所(福岡県那珂川市)は色とりどりの新幹線が最大約1千両もそろう。「見られれば幸福」と言われる、軌道や電気設備、信号設備の検査用車両のドクターイエローが止まっていることもある。プラットホームに立っているだけでバードウオッチングのように新幹線の往来を楽しめる飽きさせない空間だ。

 博多南線が開業した端緒は、1974年に開設された博多総合車両所にある。博多と行き交う回送列車が次々と発着する光景を、地元住民は長らく指をくわえて眺めていた。

 転換期を迎えたのは84年9月、那珂川市の前身、那珂川町の大久保福吉町長が通勤や通学に使える営業列車の運行を国鉄新幹線総局に要望したことだった。周辺の春日市、福岡市でも実現を求める機運が高まり、90年4月に博多南駅が開業して運行が始まった。

 線路は既に完成しているため、「必要となるのは駅とホームの設置だけで、建設費は9千万円に抑えられた」(JR西日本)という。そんな投資額の低さとは裏腹に効果はてきめんで、博多南駅周辺はベッドタウンとして急速に発展してマンションや戸建て住宅の建設が相次いだ。

(上)博多南駅に隣接する博多総合車両所を一望した様子。手前が700系レールスターで、奥にドクターイエローの姿も、(下)博多総合車両所にある初代型車両0系のシミュレーターを体験する筆者=それぞれ4月に福岡県那珂川市で撮影

 成功ぶりを裏付けるのが、2017年度の平均乗降客数が1日当たり1万5162人と、開業時(4546人)の実に3・3倍に達することだ。現在の運転本数は上下54本と、開業時の32本から7割も増えた。旧那珂川町は“新幹線効果”で人口が5万人を超え、18年10月に市政へ移行した。

 那珂川市はカワセミを市の鳥に制定し、市内を巡回するバスを「かわせみ」と命名しているのも、発着する500系の先頭形状がカワセミのくちばしの部分を応用して設計されたのと共通点があって興味深い。

 いいことずくめで、日本一コスパが高い新幹線と言っても過言ではない博多南線。ただし、せっかく山陽新幹線を最高時速300キロで走る車両なのに、時速120キロまでしか出さないのは宝の持ち腐れに感じられる。もっとも、大人で300円という通勤電車並みの値段設定なのに新幹線のフル加速を求めるのは無理があろう。

 かくいう私も転勤によって新幹線で“重役出勤”する憧れに近づいたものの、チャンスを棒に振って全く違う場所に住んでしまった。夢が夢であり続けるために、あるいは新幹線通勤という憧れが憧れであり続けるためには正しい選択肢だったのかもしれないが…。

 ☆大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信社福岡支社編集部次長。JR西日本に案内いただき、憧れだった博多総合車両所の見学は実現しました。並んだ新幹線を建物屋上から一望した様子は圧巻で、初代型車両0系の運転台を活用したシミュレーターも楽しみました。毎年10月の一般公開「新幹線ふれあいデー」の際に無料で見学できます。

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