カサカサの心に効く映画と舞台 『町田くんの世界』と『ビューティフルワールド』

(C)安藤ゆき/集英社 (C)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

▼映画『町田くんの世界』と舞台『ビューティフルワールド』、どちらもタイトルに「世界」が入った新作が、同じ6月7日から始まった。きれいごと?をとことん描く映画と、醜い部分を突き付ける舞台が、カサカサに乾いたこころに効いてきた。

▼【キリスト】

映画『町田くんの世界』の主人公、高校生・町田は、困っている人を助けずにはいられない「劇的にイイ人」。変わり者だと笑われ、陰で「キリスト」と揶揄される。石井裕也監督が同名漫画を脚色し、実写化した。眼鏡も髪形もダサめな町田は、人のために奔走するのに、度肝を抜く鈍足で、余計にガムシャラに見える。

▼【混乱のおかしみ】

その町田が初めて、クラスメートの女子・猪原さんを好きになる。だが「好きな人って何だ」と自問し、戸惑う。その上、「誰かを好きなったら他の人に同じ優しさを向けては駄目」みたいなことを言われ、「え!そうなの?」と混乱極まる町田。とある事情も絡んで、町田と猪原さんが、追って逃げられ、逆転、逃げては追われ。土手でのこの一コマを俯瞰で眺めるシーンが、ひどくおかしい、いとおしい。

▼【神々しく】

やがて、初めての感情が腑に落ちた町田、どしゃ降りのナイスな雨を浴びて自転車で激走。思春期キリスト君のための、このカットが神々しい。町田を演じた細田佳央太と、猪原さんを演じた関水渚、2人の無名さ、色のなさが今作ではありがたく、見ているこちらはどんと来いである。同じ高校生役で脇を固める前田敦子、太賀、岩田剛典、高畑充希がピュアな主役2人に自由に絡みつく。池松壮亮演じるゴシップ記者と町田の、全く噛み合わない熱い会話がまたおかしい。

▼【これが映画】

ケン・ローチ監督の『エリックを探して』(2009年)をご覧になったことがあるだろうか。ピンチの男を救うため、大勢の仲間達が全員エリック・カントナ(プロサッカーのスター選手)のお面を付け、わらわらと駆けだしてくる「カントナ作戦」場面がある。石井監督と以前話していたら、その場面を見た時「これが映画だ、と思いました」と言っていた。『町田くんの世界』では、お面は誰も付けていないが、カントナ作戦場面を意識した?とおぼしき場面もあって、ニヤリとさせられる。

▼【悪意】

2017年の作品『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』で石井監督は、「悪い予感がする」と主役に言わせた。現代を覆い、変えがたいと感じる大きな流れを指していたと言っていい。『町田くんの世界』では、「この世界は悪意に満ちている」という言葉を際立たせた。その世界の中、ただただ新生児を見つめるショットの清らかさよ。今や父親となった石井監督は、新生児を写すカメラの近くで、どんな顔をしていたのだろう。

今作を見たあくる日、思いがけず「もう1回見たい」という思いがゴボゴボと湧いてきた。いい場面が幾つもあり、2回目からは無声映画にしたとしても楽しめるような作品だ。

▼【引きこもりの男】

一方、舞台『ビューティフルワールド』(モダンスイマーズ結成20周年記念公演)の主人公は、四十路で引きこもりの男。あるアクシデントに見舞われ、親戚の家の離れに住まわしてもらうことになる。親戚は商売をしていて、主は支配的で時には手もあげる。妻は相手にされず、感情を紛らわして暮らしている。そんな母を軽蔑しているような娘。そして従業員たち。四十路の男は、主の妻と関係を深めていく…。

▼【逆転】

後半、オセロの逆転劇みたいに、様相がひっくり返っていく。過去作『悲しみよ、消えないでくれ』と同じく、偽善や保身や狡猾が露わになる人間ドラマは、春菊のえぐみを喜ぶときのような恍惚を伴う。作・演出を担う蓬莱竜太の「お得意の」と言える仕掛けだ。今作は、ドタバタ喜劇のエキスも混ぜてあった。

▼【叫べない】

『町田くんの世界』と『ビューティフルワールド』、どちらも「叫びたい」「叫べること」が案外と重要なことになっていると、筆者の目には映った。普段の暮らしの範囲に、心置きなく叫べる場所は見つからない。浅倉南は高架下で、電車が走り抜ける間、叫ぶようにして泣いていた。職場に電話ボックス大の「お叫びボックス」があったらばありがたい。ひらけた場所で叫べる機会がない代わりに、ここに挙げたような映画や舞台を見て、あれやこれやを洗い流そう。(敬称略)

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第124回=共同通信記者)

※舞台『ビューティフルワールド』は6月23日まで東京芸術劇場シアターイーストで上演中。

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