【中原中也 詩の栞】 No.3 「六月の雨 詩集『在りし日の歌』より」

またひとしきり 午前の雨が

菖蒲のいろの みどりいろ

眼うるめる 面長き女

たちあらはれて 消えてゆく

たちあらはれて 消えゆけば

うれひに沈み しとしとと

畠の上に 落ちてゐる

はてしもしれず 落ちてゐる

お太鼓叩いて 笛吹いて

あどけない子が 日曜日

畳の上で 遊びます

お太鼓叩いて 笛吹いて

遊んでゐれば 雨が降る

櫺子の外に 雨が降る

【ひとことコラム】

櫺子とは窓や戸にはめ込まれた格子のこと。同じ風景でも格子を通して見ると少し違って見えるのが不思議です。降り続く雨は半透明の格子のようなもの。雨の情景に浮かんで消える女性は詩人の心の中の存在でもあり、消えることない思いのように雨音が響き続けています。

中原中也記念館館長 中原 豊

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