社説(6/15):岩手公園PFI/市民不在の構想を危惧する

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 ノートルダム大聖堂の大規模火災には、多くのパリっ子が心を痛めた。熊本地震の被災者は、自らの生活再建にも増して崩落寸前となった熊本城天守閣の修復を願った。

 同様に盛岡市民が心のよりどころとしてきた岩手公園(盛岡城跡公園)。ここに今、商業施設の建設計画が持ち上がっている。

 盛岡市は改正都市公園法の新制度を活用して集客力を高めるというが、事は盛岡の都市戦略にも関わる。計画に見落としはないのだろうか。

 改正法は一定の条件の下で公園施設の建ぺい率を2%から12%に緩和した。その条件が、売店など公園内施設の管理を民間事業者に任せる公募設置管理者制度の導入だ。民間資金で社会資本を整備する都市開発手法の公園版で「パークPFI」と呼ばれる。

 自治体側は事業者に土地を貸して賃料を徴収する。施設整備は事業者が全て担い、公的負担は一切ない。しかも施設で得られた利益の一部は公園の維持管理に還元される。

 市は史跡指定の城跡部分を避け、石垣下の中津川に面した芝生広場をパークPFIの対象区域とした。

 選ばれたのは東京で北欧デザインの自然素材衣料品などを製造販売する企業だった。有名建築家が建物の設計を手掛け、カフェやギャラリー併設の店舗を運営する。

 建物の価値だけでも集客力が見込めるとして市は、盛岡を訪れる観光客が一気に倍増すると見積もった。関係部局は今から交通渋滞に頭を悩ませているという。

 うれしい悲鳴が聞こえてきそうだが全ては皮算用だ。むしろ公共空間の在り方が市民不在のまま論じられている事態には、危うささえ覚える。

 民間事業者は選定委員会と事務局の密室で決まり、いまだ施設のイメージ図も公表されていない。市当局は「情報の独り歩きで市民に無用な誤解を与えたくない」という。おかしな理屈ではないか。

 例えば奈良県管理の奈良公園では、県が園内に世界的建築家の手による民間ホテルの建設を決定。その直後、住民団体が建設差し止め訴訟を提起する事態に発展した。

 公共空間に関する議論から市民を遠ざけようとする手法自体が、そもそも間違いだ。

 市街地の中心を占める岩手公園は、城跡の石垣から岩手山を望み、周辺の歴史的建造物や中津川河畔の景観と一体で城下町盛岡の象徴的空間を形成してきた。

 政策誘導で中心市街地を活性化させたい市の意図は理解できる。それでも営々と築き上げてきた景観に手を加えることとの比較考量は、まずもって市民に諮るのが筋だ。

 盛岡の市民と市に問いたい。かけがえのない公共空間の開発を東京資本に委ねてしまうことに、ためらいはないのか。協働まちづくりのパートナーは、東京の企業より地域の人々であってほしい。