かやぶき住宅と町家にひかれ移住者倍増 丹波篠山市

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レトロな町並みが続く福住地区。移住者の満足度も高い=丹波篠山市福住

 5月に市名が変わった兵庫県丹波篠山市で、篠山市時代から力を入れてきた移住者の呼び込みが成果を上げつつある。2018年度に市の相談窓口を通して移住してきた世帯は、17年度比で2倍超の34世帯(68人)に上る。特に盛り上がっているのが、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定されている福住地区。江戸期の町家が並ぶ宿場町と、かやぶき住宅が残る農村集落という異なる二つの町並みが移住希望者の心をつかんでいるようだ。(綱嶋葉名)

 1999年、旧4町の合併で誕生した篠山市の人口は2001年に4万7865人にまで増えたが、以降は下降線をたどり、18年には4万1857人とピーク時から約6千人減った。

 人口減少の危機感から市が相談窓口「丹波篠山暮らし案内所」を設けたのは10年。空き家のマッチングや希望者向けの専用サイト開設、体験ツアーの企画など次々に手を打った。そして2年後の12年に国の重伝建となったのが、大阪府、京都府との境界に近い市東部の福住地区だった。

 大阪市から3年前に移り住んできた男性(52)は、長く使われていなかった芝居小屋を改装し18年1月、妻(51)と喫茶店「マグナムコーヒー」をオープンさせた。白い外観が目を引く。

 小学生の頃、出身地の同市淀川区では大気汚染などによる公害が深刻化。祖父の故郷である三重県の山間部に遊びに行くのが何よりの楽しみだった。その記憶が胸を離れず、「自然の中で暮らしたい」と移住を決めた。丹波篠山は知人の紹介。「心地よい空気、きれいな新緑、夜の静けさ…。全てにひかれ、即決した」と笑う。

 丹波篠山市内では篠山城跡に近い河原町地区も同じ重伝建だが、同案内所スタッフ(47)によると、商業利用が盛んなため空き家が出にくい。こうした事情もあり、福住地区への注目が高まったとみられる。正確なデータはないが、約600世帯の同地区には現在、少なくとも25世帯ほどの移住者が暮らす。

 満足度も高い。兵庫県立ささやまの森公園で働きながら古民家に住む男性(48)は、神戸市須磨区出身。家族とともに家庭菜園で野菜を育て、鶏を飼い、休日には猟にも挑戦する。「出掛けないと見られなかった景色が、ここでは身近にある」と声を弾ませる。

 一方、古くからの地域住民は手応えを口にする。福住地区まちづくり協議会顧問の佐々木幹夫さん(66)は「商家が並んでいた頃のにぎわいが復活してきた。移住者と力を合わせ、地域づくりに取り組みたい」と意気込む。

 同案内所によると、市全体では開設から9年間で112世帯(264人)の呼び込みに成功した。子育て世代や飲食店などを目指す起業者、通信環境が整っていればどこでも仕事ができるIT関係やデザイナーなどが中心という。

■歴史的建物の保存地区「重伝建」 出石など県内5カ所

 国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)は1975年、城下町や宿場町など歴史的な町並みを保存するために制度化された。選定されれば文化庁、各都道府県教育委員会から補助金や指導を受けながら、建物の修理・保存を進める。

 兵庫県内では現在、丹波篠山市河原町を含めた城下町や同市福住のほかに、神戸市北野町山本通、豊岡市出石町、養父市大屋町大杉の計5カ所が選ばれ、それぞれ重伝建を軸とした活性化に取り組む。

 城下町の豊岡・出石では、空き家となっている古民家の活用策を住民らで検討。重伝建制度に関する情報を発信する「出石城下町 伝建かわら版」を豊岡市のホームページなどに掲載する。また、江戸時代から養蚕が盛んだった養父・大杉では、特徴的な木造3階建ての家屋「養蚕農家」を生かした簡易宿泊施設「ふるさと交流の家 いろり」やアートギャラリーが立ち並ぶ。

 丹波篠山市では来年5月、福住、河原町両地区を会場に重伝建をテーマにした全国大会の開催を予定。実行委員会が魅力のPRや各地からの関係者の受け入れに向け、話し合いを重ねている。