第8回 不祥事公表のリスク・マネジメント その1

公表しないことが直ちに義務違反になるのではなく、後に発覚したら大問題となる事例について、そのような義務の内容として公表すべきところ、公表しなかった注意義務違反が問題とされました

 

1.はじめに

これまで、不祥事が社外に明るみになる前の段階での社内調査の手法として、ヒアリングおよび電子メール解析について詳細に解説しました。今回は、いよいよ不祥事が公になるという、まさに会社にとってのクライシスにどう対応すべきか、という問題について、今回と次回の2回にわたって考えてみます。

近年では、テレビ、新聞等を通じて、不祥事の公表という問題が注目を集めています。対応次第では、公表の場である記者会見そのものが不祥事になるということさえあります。前回までのヒアリングやメール解析を通じた社内調査の重要性というのは、まさに記者会見の場を成功させるためにあるといっても過言ではありません。社内調査が不十分であれば、適切な公表実務をなし得ません。その意味で、よい記者会見にはよい社内調査が必要不可欠なのです。

公表の問題を考えるにあたって、そもそも取締役に公表義務があるのかについて考えてみます。以前話題となったミスタードーナツ中華まんじゅう事件の事例を参照しながら、検討を加えたいと思います。

 

2.取締役の公表義務について

ミスタードーナツ中華まんじゅう事件は次のような事案です。清掃業大手のダスキンは、ミスタードーナツをフランチャイズにして全国展開していて、そのミスタードーナツが販売していた中華まんじゅうに無認可の添加物が混入されていました。無認可の添加物を混入したのは中華まんじゅうの製造会社であり、ミスタードーナツでもダスキンでもありません。 A、B、C という3つの製造会社があり、ミスタードーナツはそれらの製造会社に中華まんじゅうを製造させた上でこれを販売していました。C社の社長が、A社が、製造時に日本では認可されていない添加物を加えている旨をミスタードーナツの幹部に告発しました。ミスタードーナツの幹部がその事実を知った後も中華まんじゅう自体は数週間にわたって販売され続け、その間、当該事実は取締役2名のみが知り、その他11名の取締役は知りませんでした。そしてその後、他の11名の取締役が、A社が無認可の添加物を入れたことを知ったときには、既に当該添加物が含まれた全ての中華まんじゅうの販売が終了していたのです。

そこで、取締役らは次のように判断しました。すなわち、①流通の可能性が今後なく、②健康被害の報告も特にないこと、③当該添加物は日本では未認可ではあるものの、欧米レベルの基準では全く問題なく、健康上害がないとされていること、さらに、④社内で関係者の処分も終了していることから、公表しなくてよいという決断を下しました。

ところが結局、1、2年後に匿名の内部告発が保健所に対してなされ、共同通信の記者が記事にして、それで世の中に明るみになって大問題となり、ダスキンとミスタードーナツは大きなダメージを受けました。

そこで、株主代表訴訟が提起され、裁判で争われました(ダスキン代表訴訟事件控訴審判決、大阪高裁平成18年6月9日判決)。判決では、取締役に損害賠償義務を認めましたが、そのポイントは内部統制構築義務違反ではなく、善管注意義務違反を認定した点にありました。善管注意義務違反とは、不祥事が発生したのを知りつつそれを公表しなかった点ではなく、不祥事が発生し、その危険は既に去っているものの、食品という健康に関わるもので、それを公表しないと後に発覚した時に大問題となるという、発覚後のレピュテーションの低下を防止する義務を取締役に認め、善管注意義務違反を認定したのです。

つまり、公表しないことが直ちに義務違反になるのではなく、ワンクッションを置いて、後に発覚したら大問題となる事例について、レピュテーションリスクの低下を防止するという義務が取締役にある旨を認め、そのような義務の内容として公表すべきところ、公表しなかった注意義務違反が問題とされたのです。取締役の一般的な公表義務を認めたものではないことに注意する必要があります。もっとも、不祥事が発覚し、企業のレピュテーションリスクが低下する恐れが常にあることを考えると、このような判例理論によっても、事実上、一般的な公表義務を取締役に認めた結果になるでしょう。そこで問題は、いかなる場合に取締役に公表義務が発生するか、ということに関心が移ります。

 

3.いかなる不祥事でも公表すべきか

いかなる不祥事でも公表すべきでしょうか。内部通報等で明らかになった不祥事を全て公表すれば良いかというと必ずしもそうではありません。

本来なら公表するに値しない不祥事までをも公表した結果、「そんな破廉恥な会社だったのか」などと、不必要にレピュテーションを下げ、企業価値が毀損され、企業、ひいては株主の利益を害し、株主代表訴訟に至ってしまうリスクまで存在します。それゆえに、公表すべきか否かの判断は慎重になされるべきです。

この問題で確かに言えることは、公表すべきでないのに公表したことによるマイナス面は、公表すべきであるのに公表しなかったことのリスクに比べればはるかに低いということです。公表すべきであるのに公表しなかったときのリスクはそれほど大きいのです。従って、公表すべきかどうか迷ったら、公表した方がよいということになります。

例えば、不祥事自体の隠蔽、放置によるレピュテーションの低下は、企業にとって命取りとなり、多くの報道事例にみられるように、 倒産に至りかねません。不祥事それ自体は、公になることで一時的には企業バッシングが激しくなるものの、公表も適時に行い、社内調査もしっかり行って事後処理が適切に行われるならば、一年後にはシェアをほぼ回復するという事例が多いです。その反面、不祥事を隠蔽するような対応を誤ってとってしまったばかりに、倒産という取り返しのつかない結果を招いてしまうのです。

また、不祥事を放置した場合、マスコミも後追い記事を書いたり特集記事を組んだりするので、企業の受けるダメージは大きく、トップの辞任にとどまらず、 結局、 消費者から見放されて倒産に至るケースも多々見受けられます。

そこで、公表すべき不祥事とすべきではない不祥事を、いかに見分けるかということが重要になってきます。

4.公表するか否かの判断の基準

公表するか否かの判断基準はどこに求めるべきでしょうか。

まず最初に考えるべきは、①二次被害の発生の可能性があるか、既に危険が消え去っているかどうか、です。二次被害発生の可能性があるなら直ちに公表しなければなりません。

次に、②生命、身体、健康(食品等)に関わる不祥事か、それ以外の不祥事かです。生命、身体、 健康に関わる不祥事である場合には、これも直ちに公表しなければなりません。

その次に、③一般投資家あるいは株式市場に関わる不祥事か否かです。社会における事案の広がりの程度、重大性という点が公表するか否かを判断する上で重要となってきます。

次に、④会社自体の不祥事か、それとも従業員個人の不祥事か、あるいは、⑤従業員個人の不祥事の場合であれば業務との関連性の有無が問題となります。

上記のダスキン中華まんじゅう事件の事例では、 ①二次被害発生の可能性はなく、②直ちに健康被害を生じるものではないことなどを考慮し、取締役は 「公表しない」という決定をしました。しかし、一般消費者は、たとえ健康被害が現実に発生しなくても、 監督官庁に認められていない添加物を食べさせられたことを不快に思い、問題にするでしょう。健康被害の有無にかかわらず、「無認可」という事情が、 企業バッシングのトリガーとなってしまう可能性があります。従って、仮に、現実の被害がなくとも、飲食物にかかわるようなものについて、何らかの法律違反に関わる不祥事についてはやはり公表すべきでしょう。

これに対し、二次被害の恐れがなく、一般消費者の生命、身体、健康(食品)と関係がない場合、 例えば会社の粉飾決算の場合には、④会社自体の不祥事かそれとも従業員の不祥事なのかという点、さらには、他の会社が関連しているのかというような要素を考慮し検討する必要があります。

例えば、パロマ事件が話題となりました。これは、パロマ製品自体に欠陥はなかったものの、それをユーザーが使っている中で製品の延命を図るために、ガスサービス業者が安全装置を取り外して不正改造を行ったことにより一酸化炭素中毒が発生し、数人が死亡したという事件です。この場合、詳細は後に譲りますが、事故の原因は他社の不正改造でした。しかしそうであっても、自社製品に関連するものである以上、公表すべきです。

一方で、そのような会社の事情とは関係ない場合、 例えば、業務上横領といった従業員個人の不祥事の場合には、⑤業務関連性を検討し、判断すべきです。この場合は「経営判断」の問題になると考えられます。 金額や影響の度合いによって判断は異なり、 被害が数億円規模にわたる場合には対外的な公表が必要となるでしょう。

しかし、これとは異なり、従業員が勤務時間外に買春で逮捕された、窃盗で逮捕された、社内でセクハラが何件かあったというような、職務とは関係のない従業員個人の問題は、社外に公表する必要はありません。公表すれば逆に会社のレピュテーションを下げ、ブランドを傷付けることになります。

なお、不祥事公表とは重要事実ですので、不祥事が発生し、その公表前に、「株が下がるな」といった判断をして取引をすると、インサイダー取引とされうる可能性もあるので注意が必要です。

 

5.パロマ事件―他社の不祥事でも、自社製品に関連すれば公表すべきか

 

パロマ判決は衝撃的な判決でした。前述のように、パロマ製品自体に欠陥はなかったものの、それをユーザーが使っている中で、製品の延命を図るために、ガスサービス業者が安全装置を取り外して不正改造を行ったことにより、一酸化炭素中毒が発生し、多数が死亡したという事件です。パロマ製品について不正改造が行われていたため、パロマとしても不正改造を行うサービス業者らに対して不正改造をしてはならない旨の通告・告知をしていたのですが、一般消費者に対しては公表を一切していませんでした。 その上、 パロマは自社の製品には欠陥はないと主張して、 製品の回収もしませんでした。こういった場合に製造物責任を負うか否かについて、従前の判例では、自社の製品ではなく他の業者が加えたことにより発生した事故については製造物責任を認めるような事例は存在しませんでした。そのため、一般消費者向けには公表をしなかったものと言えます。  

裁判所は、製造会社であるパロマには製品販売後の長期の監視義務があるとし、業務上の過失を認めました。こうなると、他社が自社製品に施した違法な措置も、監視義務違反という自社固有の責任を招くものであって、 監視義務を怠ることは「自社の不祥事」として、公表義務の問題を考えなければならなくなります。そうすると、上記の公表基準に照らしてみても、今回のパロマ製品の不祥事は、①二次被害が発生するおそれがあり、②生命・身体等に対する被害が発生するおそれのある不祥事ですので、パロマとしても公表すべきだったのです。

 

6.公表のタイミング

既に述べた公表の判断基準に従って、発生した不祥事について公表することを決定した場合、公表のタイミングも重要となります。特に、生命・身体・健康にかかわる不祥事であって、被害の継続ないし二次被害が予想される場合、例えば、食中毒となる製品が市場に出回っているような緊急事態においては、迅速な公表が求められます。数日単位ではなく、数時間、数分単位で対応しなければなりません。否、ここで注意すべきことは、そのような事案にあって、少しでも公表が遅れれば、マスコミにより「隠蔽」と扱われ、報道されることです。

初回の記者会見の開催時期としては、不祥事が明らかになってから遅くとも3日以内でしょう。中でも、生命・健康に対する被害が継続している場合には、即日あるいは数時間後に対応しなければなりません。もっとも、このような初動の記者会見では社内調査が十分進んでいないでしょう。しかし、そのような場合でも、社内調査の方針を明確に示す必要があります。具体的には、第1回目の記者会見では 「今後こういう形で、こういうものが主体となって社内調査を進めていきます」「原因究明いたします」というコメントが必須とされます。さらに重要なことは、不祥事発覚までの経緯を説明することです。どのような経緯で不祥事が発覚したのか、他に類似事案あるいは類似事故が過去になかったのかについて正確に説明できなければなりません。

ところで、記者会見は1回で終わってはならず、概ね、1週間以内に2回目の記者会見を行うべきです。というのも、1週間を過ぎると、世間は「あれはどうなっているのか」と気になり始めるからです。2回目の記者会見が1週間以内であれば、 「しっかり調査しているようだ」と一般消費者は感じることができますが、1週間を過ぎても2回目の記者会見がないと「一体、この会社は何をやっているんだ」という不信感へと発展しかねません。

2回目以降の会見に求められる言葉としては、「再発防止策」です。原因が分からないと再発防止策は立てられません。1回目の記者会見の際には、原因究明が進んでいないため、再発防止策に言及することはできませんが、2回目以降の記者会見までには、 社内調査により、詳細な原因究明がなされることが求められます。さらには、被害者に対する実際の対応や、責任の所在という問題にも言及する必要があるでしょう。

以上のように、不祥事公表にあっては、公表のタイミングと公表内容がとても重要です。次回は、記者会見の具体的な対策や注意すべき点などについて解説します。

弁護士法人中村国際刑事法律事務所
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(了)

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