ベネチア・ビエンナーレ日本館「宇宙の卵」(2) 国境を超えた神話創作/人類学者・石倉敏明さん

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 第58回ベネチア・ビエンナーレ国際美術展(11月24日まで)が先月開幕した。日本館は「Cosmo―Eggs/宇宙の卵」と題し、美術家と音楽家、建築家、人類学者が協働して展示作品を作り上げた。連続寄稿の2回目は、制作に加わった秋田公立美術大学准教授で人類学者の石倉敏明さん(44)。

ArchiBIMIng撮影

 美術家、音楽家、建築家との協働による展示に向け、私は研究者が通常は行わないような、少し変わった挑戦をしてみたいと思った。日本列島の南限に近い宮古・八重山諸島、そして台湾各地で津波神話の調査・研究を行った上で、国境を超えた神話を創作することだ。結果として生まれた創作神話は、太陽と月が大地に降り立って卵を産み、その卵から三つの島々の祖先が生まれるという不思議な物語に成長していった。

 展示コンセプトを作る段階で、メンバーそれぞれがアイデアを交換した。私は、学生時代に沖縄県・宮古諸島を旅して出合った大津波の神話や、娘が小川のほとりで卵を産むという卵生神話、さらに世界が卵から生まれるという「宇宙卵」の神話の広がりについての知見を共有した。これらは、人間と人間以外の生物・非生物の関係を深い次元から掘り起こす上で役に立った。

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 1970年代に山梨県を舞台に行われた、美術批評家の石子順造、民俗学者の中沢厚を中心とするアーティスト・批評家・人類学者による「丸石神調査グループ」の調査活動は、表現者同士の関係を構築する上で、目の覚めるようなヒントになった。その姿勢を継承しようと、私たちは集団的に、または個別に何度も宮古・八重山諸島を訪れた。

 私は美術家・下道基行の「津波石」調査とその撮影に同行し、互いに異なるスタイルで対象に向かい合った。下道は郷土史家や地質学者の研究を軸に津波石の場所や名称を調べ、私は現地の芸能や神話・伝説を通して、島々の世界観を研究した。

 調査が進むと、津波石に営巣する渡り鳥の種類や、現地の卵生神話との関係も分かってきた。鳥の鳴き声と音楽や歌の発生、楽器や機械についての議論は、音楽家・安野太郎の音楽作品に織り込まれていった。

 神話研究に現れた「十二の卵」の逸話と、安野が制作した「十二の楽器」が偶然に合致し、建築家・能作文徳の設計した12分割されたバルーンのアイデアが現れた時には鳥肌が立った。さらに私は下道との共同研究を基に架空の神話を創作し、それを私以外のメンバーが日本館の壁に彫刻刀で刻んでいった。キュレーターの服部浩之は、議論や実験の中から自然に生まれたアイデアを最大限に尊重し、それらが共存できる形式にまとめ上げた。

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 メンバーは全員男性だったが、展示の中核にあるコンセプトは「卵」や「女性性」の視点から、複数の世界を創造するというものになった。分野を超えた対話や観察の実践は、専門家による縦割りの活動では見過ごされがちな、重要な現実に目を向けることに役立つ。異分野による協働は、一人の脳からは決して生まれない創造力を引き出し、具体的な表現として現実化する。私たちが知恵を出し合わなければいけない仕事は、山ほどあったのだ。その成果を多くの人々に体験していただけたら、と思う。
 
 【いしくら・としあき】74年東京都生まれ。中大大学院総合政策研究科博士後期課程単位取得後退学。多摩美術大芸術人類学研究所助手、秋田公立美術大講師を経て17年より現職。明大野生の科学研究所研究員。

【ベネチア・ビエンナーレ国際美術展】イタリア・ベネチアで開かれる現代美術の祭典。ビエンナーレは「隔年」を意味するイタリア語で開催は2年に1度。日本館は今回、津波で陸に上がった巨石の映像を展示室の四方に配し、中央には座ることもできる黄色いバルーンを設置。自動演奏のリコーダー音と、壁に刻んだ神話の言葉を重ね、詩的な「広場」を構成している。