パンプス、男性が履いてみた

 #KuTooの原点にあるもの

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パンプスに挑戦した伊藤潤さん=5月、東京目黒区

 企業の採用活動が解禁となる直前の5月25日、パンプスが標準とされる就活生スタイルを考えるイベント会場の一角に、男性でも履ける27センチまでのサイズのパンプスがずらりと並べられた。男性にも実際に体験してもらうためだ。そしてなぜ今「#KuToo」が共感を呼び、広がっているのか、知ってほしいからだ。

 ▽「こんなに痛い思いをしてるのか」

会場に並べられたパンプス

 東京都在住の伊藤潤さん(34)は、高さ5センチの黒色パンプスに足を入れた。おそるおそる立ってみると、既に足元がぐらついている。5メートルほどの距離を往復してみた。なかなかまっすぐ歩けない。「これは痛い。つま先にこんなに体重が乗っちゃうんだ」と顔をしかめた。

 伊藤さんはオーダーメードで婦人靴を作る靴職人。快適な靴作りに役立てるつもりで参加した。「女性がこんなに痛い思いをしてることを、もっと世の男性も知るべきじゃないですかね。そしたらもっと、女性に優しくなれるかも」

 パンプスやハイヒールを女性のマナーとして職場で強制しないでと、グラビア女優でライターの石川優実さんが始めたキャンペーン「#KuToo」。ことし2月にネットの署名サイトを使って呼び掛けると、強制禁止を求めるオンライン署名は2万8千人を超えた。6月3日には厚生労働省に署名を提出。着用強制を禁止する法規定を作ってほしいとの要望書も提出した。

厚労省に署名を提出する石川優実さん=6月、厚労省前

 きっかけは、石川さんがアルバイトをしていた葬儀場での経験だ。「ヒール5~7センチ、ストラップなしの黒のパンプス」を指定された。立ち仕事が続くと足の小指から血がにじみ、ひどく痛んだ。男性スタッフの軽い靴がうらやましい。ツイッターでつぶやくと、あっという間に拡散された。「これって社会問題では」

 多くの女性が困ってきた問題なのに「個人的なことだと思わされ、(順応できない)私が悪いと自分を責めてきた」と石川さん。「女性が男性と同じようにフラットな革靴を履いても、マナー違反にならない風潮になってほしい」と考えている。

 ▽石川さんが痛みに寄り添う社会を願うわけ

 誰もが自分らしく働ける世の中に。女性が強いられてきた痛みに気付き、寄り添う社会を。そう願うのは、性差別や性暴力に遭い、何度も心を踏みにじられた石川さん自身の経験と無縁ではない。

 高校時代にスカウトされ、グラビアなどに出演してきた。マネジャーから「君はビジュアルが良くない。売れるためだから」と露出を増やすよう求められた。嫌だと言っても「既に決まったことだ」として強引に進められたり、契約外の露出がある映像を断りもなく販売されたりした。抵抗すると「やる気あるのか」となじられた。望まない性行為を強要されたこともある。「自分が悪い。我慢するしかない」。心と体をまひさせ、耐える。その繰り返しだった。

 2017年12月、#MeTooの動きに背中を押され、当時の経験をブログに書いた。大きな反響を呼んだ。売れなきゃいけないと追い込まれて、マネジャーらにコントロールされていた当時の自分に気付いた。「これが当たり前だと思わされていた」

 でも、自分らしさを失い、心身ともに大きく傷つけられる「当たり前」ってなんだろう―。性差別や性暴力の問題に深く関心を持つようになり、ライターとしても活動。そんな時に起きたのが、葬儀場アルバイトでの出来事だった。

 ▽海外では強制禁止の命令や通達も

 海外では、既に#KuTooを先取りする動きがある。労働政策研究・研修機構副主任研究員の内藤忍(しの)さんによると、フィリピンでは2017年、強制を禁ずる行政命令が出された。

 英国ではハイヒールを履かなかったために帰宅を命じられたニコラ・ソープさんの訴えをきっかけに、15万超の署名が集まった。その影響で昨年、英政府が職場の服装規定について通達を出すことに。内藤さんは「着用の強制は性差別でハラスメントにも当たる」と指摘する。

 署名提出を受けた日本政府。5日の衆院厚労委員会で、尾辻かな子衆院議員から署名への受け止めについてただされた根本匠厚生労働相は、こう答えた。

 「社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲を超えているかどうか、これがポイントだと思う。そこでパワハラに当たるかどうか、ということだろう。一方で、足をけがした労働者に必要もなく着用を強制する場合などはパワハラに該当しうると考えている」

 ▽私の仕事にパンプスは必要か?

内藤忍さん

 これまでパンプスの強制着用は、議論すらされてこなかった。大臣が「状況によってはハラスメントにも当たりうる」としたことを内藤さんは評価する。一方で、ハラスメントかどうか判断する上で、裁判でよく使われる「社会通念」を考慮するのでは、状況改善は簡単ではないだろうと推測する。日本の裁判における「社会通念」は、パンプスの痛みを経験したことがないであろう男性を中心に形成されてきたからだ。

 石川さんは「社会通念に照らしてどうか」という問い掛けが、知らず知らずのうちに押し付けられてきた慣習を考えるきっかけになったとみる。「自分の仕事にハイヒールやパンプスが本当に必要か。多くの人が考え直しているのでは」
 
 11日に国会内で開かれた集会では、ウェブメディア「ビジネスインサイダージャパン」がインターネットで実施した緊急調査の結果が紹介された。約200人の回答者のうち140人が、職場や就活などで着用を強制された、もしくは強制されているのを見たと答えた。外反母趾などの健康被害が生じたという人も174人に上った。

 石川さんは「マナーや当たり前と思っているところに性差別がある。国や企業は健康被害を防ぐ意味でも、実態を真剣に受け止めてほしい」と話す。

 知らないうちに「マナーや慣習」となっている職場での服装や外見に関するルール。#KuTooを契機に、少し見直してみれば、私たちはこれまでよりもっと働きやすい環境を作っていけるのかもしれない。(共同通信社会部=小川美沙)