自動車レースの「日本人王者」にもっと注目を

ルマン24時間を連覇するとともに日本人初のWEC総合王者に輝いた中嶋一貴(C)TOYOTA Gazoo Racing

 井上尚弥に小林陵侑 そして中嶋一貴―。名前だけで、この3人の共通点を見いだした人はかなりのスポーツ通に違いない。そう、彼らはいずれも現役の「チャンプ」「チャンピオン」。多くの人から敬意を持って呼ばれる存在なのだ。

 井上尚弥はボクシングの世界ボクシング協会(WBA)と国際ボクシング連盟(IBF)のバンタム級2団体の王者。小林陵侑はノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプ男子で日本勢初の個人総合優勝を果たした。そして、中嶋一貴は6月16日に自動車レースの世界耐久選手権(WEC)の今季最終戦で伝統のルマン24時間を2連覇するとともに、WECの総合王者にも輝いてみせた。

 ボクシングにスキージャンプ、そしてモータースポーツ。競技内容はもちろん、戦い方を始めとする競技の定義などもまるっきり違う。だが、この3人はそれぞれの競技世界で「王者」という呼称を頂く特別な人間であることに違いはない。日本国内では井上が最も有名かもしれない。ボクシングの王者戦はテレビで中継されるだけでなく、現役引退後にタレントになる人も多いからだ。ところが、スキージャンプの人気が高い北欧ではより多くの人が知っているのは小林だろう。イギリスやフランスといったモータースポーツの人気が高い国々で、ヒーローなのは中嶋一貴だ。

 ただ、モータースポーツには「マシンの能力差=実力の差」という側面がある。それゆえ、日本国内ではモータースポーツをいわゆる「アスリート競技」と捉えない人がいることは確かだ。そうはいっても、チームの同僚は同じマシンに乗るし、他のチームだって負けるつもりで勝負はしていない。例えば、F1の現世界王者、ルイス・ハミルトン(メルセデス)。総合王者を通算5度獲得している現役最強ドライバーは、単純に他チームのマシンだけではなく、最強のライバルであるチームメートに打ち勝ってきたからこそ、高く評価されているのだ。そのことは、過去の偉大な総合王者であるアイルトン・セナ(3度の総合王者)やミハエル・シューマッハー(最多となる7度の総合王者)たちも同様だ。

 そして今回、中嶋はF1やWEC、世界ラリー選手権(WRC)といった国際自動車連盟(FIA)の主要選手権における「日本人初の総合王者」という栄誉に浴することになった。これで 、WECのトヨタ8号車で走ったフェルナンド・アロンソ(スペイン)やセバスチャン・ブエミ(スイス)とともに「チャンプ」や「チャンピオン」と呼ばれるわけだ。

 スポーツ競技には人気スポーツもあればマイナースポーツもある。人気のスポーツに注目が集まるのは仕方がないところだ。五輪のメダリストとまでは言わない。だが、「日本人の世界チャンピオン」という存在に、もう少し注目が集まってほしい。強くそう願う。(モータージャーナリスト・田口浩次)

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