8月9日を追いかけて 末永さんの体験証言者に

諫早・元教諭 野崎秀人さん(62)

©株式会社長崎新聞社

末永さんが通った瀬々田分教場跡を訪ね、当時をイメージする野崎さん=長崎県諫早市大場町

 長崎の被爆者、末永浩さん(83)=長崎市立山2丁目=の体験を語り継ぐ活動を始めた男性がいる。野崎秀人さん(62)=諫早市西里町=。末永さんが被爆前後に疎開した町近くに暮らし、元中学社会科教諭という共通点に縁を感じながら、末永さんの「あの日」を追いかけている。

 末永さんは1944年、山あいの岩屋口(同市大場町)の祖父母宅に疎開。45年8月9日、家でジャガイモの皮をむいていると、強烈な光と音に異変を感じた。約30キロ離れた長崎で被爆した母と妹2人は14日、諫早に逃げて来たが、19日、長崎に戻り、末永さんも入市被爆した。

 野崎さんは3年前、福岡県の中学校を退職後、諫早市に帰郷。同じ年、長崎市の家族・交流証言者事業に登録。研修を重ね、3月、交流証言者に認定された。

 石積みの段々畑が残る集落、小さな足で通った旧長田国民学校瀬々田分教場跡、叔父の銅像がある長田国民学校跡、長崎に向かった肥前長田駅-。体験に出てくる場所は、野崎さんの自宅近く。「その場所に行き、確認すれば、9歳の末永さんが見たものがイメージできるのではないか」。何度も足を運び、追体験した情景を文章にしたためた。

 5月-。末永さんと“先輩”証言者の吉田睦子さん(77)=長崎市=と同じ場所を巡った。逃げて来た母と再会した御手水観音下は、崖の岩肌を冷たい水が流れ落ちている。風景とともに記憶をよみがえらせる末永さん。野崎さんは「末永さんが安堵(あんど)した思いが伝わってきた」と語る。

 山奥にある叔父二人の墓。末永さんは、戦死した状況が刻まれた文字を懸命に読み解こうとした。「家族のことを多く語らない印象だったが、あふれ出た思いを抑えられない様子を見て、心情的に近づいた」。吉田さんは、戦争の悲哀に心を震わせた。

 末永さんは経験や知識を惜しみなく二人に伝える。「悲惨な体験をした人ほど『体験者ではない人に何が分かるか』という人もいるが、いずれ語れなくなる日が来る。100%でなくても事実を正確に伝え、気持ちに寄り添ってくれる人に伝えてもらわないと途絶えてしまう。それが平和という文化になる」

 野崎さんは来月、諫早市内の小学校から講話を依頼された。その知らせを誰よりも喜んだのは、もちろん末永さん。「諫早の子どもたちに伝える機会をどんどんつくってほしい」。託された思いを胸に、証言者の道へ踏み出す。

 ■長崎市の「家族・交流証言者」推進事業
 被爆体験の継承を目的に2014年度から被爆者の家族が語る「家族証言者」を募集。16年度から家族以外の人に拡大した「交流証言者」も募り、計71人(家族23、交流48)が登録。体験を引き継ぐ被爆者と「証言者」の交流会を経て、体験聞き取りや人前で話す研修を行った後、市が認定。32人(家族12、交流20)が講話を実施している。