第7回:創造的対応への道 その1 災害対応の構成要素をつなぐ「のり」としてのデータが重要

 

前回は、「その場の状況を担当者個人の感覚や経験によって理解をし、その時に最善と思える対応」(これを創造的対応と呼ぶというお話をしましたね)が災害対応の鍵を握っており、創造的対応を可能にする環境整備が大切、ということをお伝えしました。

また、創造的対応を可能にする一つの推進力として、ドメインナレッジの重要性を説明しました。すなわち、当該分野における「知識」、平たく言うと日常で培われる業務やシステムへの「慣れ」です。このように、ドメインナレッジは、日常の「慣れ」から生まれるため、属人的なものと言うこともできます。キャピタルの考えに当てはめると、「人間資本」に付随するものになります。

ここまでを要約すれば、「災害対応の鍵を握るのは、その場にいる担当者が最善と思える対応をいかに行えるようにするかで、その対応力を発揮してもらうためには普段から使い慣れたものをしっかり準備しておくことが大切」ということです。

一方で、システムの観点から創造的対応を考察すると、災害対応の各構成要素を状況に応じてつなぎ合わせられるようにしておくことが大切で、それをつなぐ「のり」としての役割を果たすのは組織資本、つまり「データベース、ルーチン、特許、マニュアルなどに保存された構造的な知識や経験。人々が組織を離れた際にそこに残る情報や技術」と言えます。

これまでに紹介した3つの町の事例で共通していたのは、データ(具体的には、住民基本台帳データ)の重要性でした。サーバが水没したり、移転先での業務再開を余儀なくされたため、データをどのように復元するのか、あるいはどのように移転先で展開するのか、ということが、復旧プロセスにおける大きなチャレンジとして立ちはだかりました。

東日本大震災の被災自治体においては、個人情報保護の観点から、バックアップデータを町外ではなく、自庁内に保管していた自治体が多かったのです。庁舎外のデータセンターにバックアップデータを取っていたとしても、通信の断絶によりデータにアクセスできない状況となり、バックアップの目的を果たすことができませんでした。

数千年に一度と言われるような災害に備えるためにそれなりの投資をして庁舎外でバックアップデータを運用するよりも、ローカルで物理的に保管していた方が低コストで現実的な対応策だったと言えるかもしれません。しかしながら、現場における創造的対応を可能とするためには、「のり」となるデータが不可欠となったのです。

キャピタルの種類と定義*

共通の組織資本の作成が災害対応を加速させる

これまでご紹介した事例においては、失われたデータをサーバからサルベージ(復旧)したり、町に一時立ち入りの際に避難前に設置しておいたバックアップデータを持ち出したり、職員が避難前にCSVに吐き出してきたりと、さまざまな方法で組織資本が復活を遂げていきました。このデータを基に、別の自治体からの応援職員を含めた自治体職員が避難所における安否確認業務や窓口業務を開始していきました。その後、各現場では、紙や、それぞれ使い慣れたシステムを使って避難者名簿や窓口での対応記録などが作成されていったのです。結果、バラバラの形式の名簿がたくさん生まれ、後々の統合作業が大変になりました。

さらに、大槌町の事例では、住民基本台帳ネットワークシステムの復旧において、高いセキュリティーがハードルになったことをご紹介しました。大槌町長選挙実行に必要な選挙人名簿作成のために早急な復旧が求められていましたが、住基ネットにある震災後の人の異動データがなかなか取得できなかったのです。

データの存在と、そのデータをどのように取り扱うかが、その後の復旧プロセスを左右します。

共通の組織資本作成のルール

前回、データの取り扱いには組織内で共通のルールを設けるべきと述べましたが、このようなルールは明文化、あるいはマニュアル化して、セキュリティーを強化しながらも誰でも使える形で保管しておくことが重要だと思います。その上で、災害対応に関わる多様なステークホルダー間における共通の組織資本を作成することができれば、柔軟な災害対応が可能となります。共通の組織資本を作る際には、何か“指針”のようなものがあると良いはずです。

ここでは、“指針”の方向性を示す考え方として、4つのUから始まる単語を紹介したいと思います。Universality(汎用性)、Ubiquity(遍在性)、Uniqueness(唯一性)、Unison(一貫性)です(表)。

表:4つのU**

4つのU:汎用性、偏在性、唯一性、一貫性

Universality(汎用性)は、より標準的でオープンなシステムを活用することを意味しています。災害の各現場で異なるシステムが開発されると、後で統合することが難しくなります。

Ubiquity(遍在性)は、ツールとしてなるべく一般的に存在しているものを活用するという考え方です。第5回で述べた、普段使いしていないシステムは使えない、というメッセージの裏返しです。

Uniqueness(唯一性)は、ヒトや物に、ユニークな識別子をふって認識することです。例えば避難所における安否確認の際に、同姓同名の人がいた場合に別人だと区別する必要があります。

Unison(一貫性)は、データベース上の情報に一貫性を確保する必要性を指しています。データの取扱いに標準なルールが必要になることは先述の通りです。

4つのUは、データとシステム、それぞれの話を扱っています。共通の組織資本作成の際に参考になると思います。創造的対応は、マニュアルに書かれていない、その場に居合わせた個々人がそれぞれの経験値や感覚で物事に対処していくプロセスです。そのプロセスが多岐にわたり長期化すればするほど、後で集約することが難しくなります。つまり、創造的対応にも、最低限のルールがあるべきで、その最低限のルールに基づいた組織資本の活用が重要となります。

「災害対応の多様なステークホルダー間における共通の組織資本」については、まだ仮説的な考えで、私自身明確な答えを持っていませんが、この4Uの考え方は方向性の一つのヒントを与えてくれると思います。

少し概念的なお話となってしまいました。キャピタルの考え方が災害対応にどのように生かせるのか、うっすら輪郭をつかめていただけているでしょうか。次回は、創造的対応と、他のキャピタルについてのまとめが続きます。

  • A. Dean and M. Kretschmer, “Can Ideas be Capital? Factors of Production in the Postindustrial Economy: A Review and Critique,” Academy of Management Review, vol. 32, no. 2, 2007, pp. 573-594. および M. Mandviwalla and R. Watson, “Generating Capital from Social Media,” MIS Quarterly Executive, vol. 13, no. 2, 2014, pp.97-113. を改変。

**Junglas, I. and B. Ives. 2007. “Recovering IT in a disaster: Lessons from Hurricane KATRINA,” MIS Quarterly Executive, (6:1), pp. 39-51.

(了)

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