「今も死を信じられない」、涙のカショギ氏婚約者   サウジ記者殺害9カ月、G20議題にと日本に要望

涙を流しながら取材に答えるハティジェ・ジェンギズさん=17日、ロンドン(共同)

 「誰が殺害を命じたのか知りたい」。昨年10月にトルコで殺害されたサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏の婚約者だったトルコ人女性ハティジェ・ジェンギズさん(36)が、共同通信の単独インタビューにロンドンで応じた。世界に大きな衝撃を与えた事件から約9カ月。ジェンギズさんは今も「死を信じることができない」と話し、事件は数々の疑問が残ったままだと涙ながらに訴えた。日本政府には、月末に大阪で開かれる20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で事件を議題にするよう要望。彼女の悲痛な訴えに、日本はどう答えるだろうか。(ロンドン共同=吉田昌樹)

 ▽皇太子訪日へ

 事件への関与が疑われるサウジの事実上の最高権力者ムハンマド皇太子は、G20のため訪日する見通しだ。サウジは日本の最大の原油輸入先で、全輸入量の約4割を依存している。ジェンギズさんは「日本とサウジは友人。親しい関係なら相手に警告できる」と話し、日本はサウジに事件解明を求めることができると求めた。

 ジェンギズさんが日本メディアの取材に答えたのは初めて。インタビューは6月17日に行った。サウジ政府は皇太子の関与を否定している。

 サウジ政府に批判的だったカショギ氏は昨年10月2日、トルコ最大都市イスタンブールのサウジ総領事館を訪れ、サウジ当局者らに殺害された。訪問はジェンギズさんとの結婚に向けた書類の取得のためだった。遺体は見つかっていない。

 ▽「大切な人だった」

 ジェンギズさんはインタビューで「今もほぼ毎日、朝起きてまずは事件や彼のことを考える。私のとても大切な人だった」と思いを語った。「彼は特別なジャーナリストで、民主主義のため戦っていた」と強調し、「遺体を見られず、死を信じることができない」と涙をこぼした。

 サウジ側からジェンギズさんへの接触や説明はないという。サウジが遺体の行方を明かさないのは「公表できないほどひどいことをしたからだろう」と指摘した。

 ムハンマド皇太子の関与疑惑には「サウジの捜査を待つべき」と述べるにとどめた。「国際問題となっており、現時点で告発しても結果を変える訳ではない」と説明したが、「もちろん誰が命じたのか知りたい。サウジの捜査はこれを解明し、世界に答えを示す必要がある」と訴えた。

 一方、皇太子を一貫して擁護するトランプ米政権の「態度は世界を失望させた」と批判した。また、事件現場となったトルコは「捜査などの義務を果たした」が、「G20サミットに参加する世界の指導者たちが事件に真剣に対応したと思えない」と不満も表した。

取材に応じたハティジェ・ジェンギズさん=17日、ロンドン(共同)

 ▽日本への要望

 6月19日には、国連のカラマール特別報告者が事件の調査結果を公表し、皇太子の関与をうかがわせる「確かな証拠」があり、皇太子への捜査が必要だと指摘、国連主導で捜査するよう要請した。調査結果は国連人権理事会に6月26日に報告され、各国が討議するが、国連のグテレス事務総長の報道官は、安全保障理事会の決議などがなければ事務総長に捜査を始める権限はないと述べている。

 イランを敵視するトランプ米政権は、サウジとの関係を重視。ドイツはサウジへの武器輸出を停止したが、フランスなどは輸出を続けており、安保理決議採択の可能性はかなり低い状況だ。

 事件に対し日本政府は、当初関与を否定したサウジ当局がカショギ氏の死亡を認めた後に「殺害を強く非難する」(菅義偉官房長官)と表明した。一方で日本は事件後も、最大の原油輸入先であるサウジとの関係を重要視。今年4月にサウジを訪れて皇太子と会談した河野太郎外相は、事件には言及しなかった。

 ジェンギズさんはインタビューで、事件を追及することで「彼を取り戻すことにはならないが、同種事件の防止や、彼の友人を含め(サウジで不当に)投獄された人々の解放に向けた圧力になる」と指摘。日本がG20で議題に取り上げれば「事件が今も世界的な問題であるというメッセージになる」と強調した。反政府の自国民記者を在外公館で殺害するという前代未聞の事件。日本の態度も問われている。

◎サウジアラビア人記者殺害事件

 米国在住のサウジ人記者ジャマル・カショギ氏が昨年10月2日、トルコ・イスタンブールのサウジ総領事館を訪れ、サウジ当局者らに殺害された事件。当初サウジは関与を否定したが、館内で口論と格闘の末に死亡したと同20日に発表、その後間接的に計画性も認めた。トルコはサウジが拘束した容疑者の引き渡しを求めるが、サウジは拒否。今年1月にサウジで初公判が開かれ、検察が被告11人のうち5人に死刑を求刑したが、氏名や役職は公表していない。

サウジアラビア人記者のカショギ氏(AP=共同)

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