「ゲーム障害」の29歳男性 「ずっと孤独感あった」

 子どものころ、両親は共働きで、午後8時以降に帰宅。このため三つ上の兄と家事を手伝い、夕食、風呂などの準備をしていた。忙しかったので寂しいとは感じなかった。

 高校時代は野球部に所属し、1年の秋からレギュラーだった。だが、けがで1年間まともにプレーできず、孤独を感じていた。今でも汚点だと思っている。

 21歳の誕生日の翌日、父が自殺した。会社のごたごたに巻き込まれ、うつ病だった。現在利用している長崎ダルクの中川さんには「父親の弱さを見て、助けられたのならまだしも、悲しい結末になった。自分が想像する以上に傷ついているはず」と言われた。

 父の死後しばらくして、子どものころから家庭用ゲーム機で遊んでいた野球ゲームを、スマホでするようになった。最初の1年半ほどは無料の範囲で楽しんでいた。だが仕事のプレッシャーや残業続きでうつを発症し、休職と復職を繰り返すようになった。

 休職期間中にゲームにはまり、能力が高いキャラクターを自分のチームに加えようと課金するようになった。チームが強くなるにつれてさらに没頭し、課金が膨らむと競艇とスロットで稼ぐようになった。稼げなければ借金した。それでも課金は止められなかった。1日に平均7、8時間、2、3日寝ずにすることもあった。分かっているだけで3年間で600万円くらい使った。

 ツイッター上では他のプレーヤーと競った。優位に立つと楽しく、強いプレーヤーとつながることも気持ち良かった。母親にスマホを取り上げられると、ゲームやツイッターができず自分が死んだように感じ、暴言を吐いて取り返した。

 でもゲームをやめなければ、とも思っていた。それができず、もう生きている価値がないと思い、自殺願望が出たため、母親に精神科病院に入院させられた。その間はお金の心配はせずに済み、1カ月半もすると元気になり退院した。

 だが根本的な心の問題は解決していない。またギャンブルやゲームに走ってしまい、自殺を図ろうとして再び入院。その間に母親が自助グループとつながり、それがきっかけで長崎ダルクの施設に入所した。

 今思えばずっと孤独感があった。それが何から来るのか。毎日、仲間とリハビリに取り組みながら探っている。


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