滝沢秀明氏に引き継ぐ覚悟はあるか…ジャニー喜多川社長「奇想天外珍伝説」

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滝沢秀明

画/彩賀ゆう (C)まいじつ

芸能界随一のスター事務所『ジャニーズ事務所』を一代で築き上げ、毀誉褒貶(きよほうへん)を受けながらも多くの功績を残した同事務所社長・ジャニー喜多川氏が、6月18日に都内の病院へ救急搬送されてからというもの、さまざまな憶測が飛び交った。1週間たった25日現在も病状については何の情報も出ていないため〝ウワサ〟の一人歩きは止まらない状況だが、いずれにせよ、87歳という高齢のため、今後の同事務所に大きな影響を及ぼすのは必至だ。

「ジャニー社長は会社経営をジュリー副社長に任せ、タレントのマネジメント業務は滝沢秀明に禅譲する方針を確立しようとしていた。その矢先に倒れてしまったのです。子供のいないジャニー氏は、滝沢との養子縁組を密かに考えているのではないかといわれるほど、若き幹部である滝沢のサポートに心血を注いでいたのです」(週刊誌編集者)

滝沢氏にどれほどの覚悟があるのかは不明だが、あらためて、ジャニー氏といえば、初代『ジャニーズ』から『たのきんトリオ』、『光GENJI』『SMAP』『ジャニーズJr.』に至るまで、すべてのグループをプロデュースしてきたレジェンド社長。グループの人事はもちろん、その命名をも手掛けてきた人物であり、独特で奇想天外な発想は良くも悪くもファンを驚かせてきた。

「ジャニーさんのセンスを象徴するのが、『シブがき隊』『男闘呼組』『関ジャニ∞』『Sexy Zone』といった唯一無二のネーミングでしょう。Jr.に至ってはデビュー前で一般ウケを無視できるためか、『ジャニーズSr.』(シニア)、『OSSaN』(オッサン)、『Sexy 美少年』(セクシーびしょうねん)など、より好き放題にネーミングセンスを発揮していました。また、『KAT-TUN』は自身のデビュー曲タイトルを決める際、ジャニーさんが『開けゴマ!』という案を猛プッシュし、『Real face』に決定した後も未練タラタラだったとライブやトーク番組で話しています」(ジャニーズライター)

 

奇想天外ながらも確固たる〝ジャニーさんセンス〟

どこまでも常人離れしていたことがうかがえるジャニー氏だが、一方で、そのセンスに確たるものがあることも事実だ。

「2017年、当時引退前だった滝沢氏は、『1周回って知らない話 2時間SP』(日本テレビ系)でジャニーさんの審美眼に一目置いていることを明かしました。滝沢氏は同番組にて、業界で『少年の10年後が見えている』と名高いジャニーさんの能力を感じたエピソードを披露。現在『Kis-My-Ft2』のエース格として活躍する藤ヶ谷太輔が入所したころ、滝沢氏は『ひどかった』とジャニーズ入りできたことに疑問を感じたそう。しかし『今はすごい男の色気が出てて』と藤ヶ谷の成長に驚き、ジャニーさんの目に狂いがなかったことに舌を巻いています」(同・ライター)

他にも、「オーディションのとき、『どうも、私が世界のジャニーです』と言われた」(『TOKIO』松岡昌宏)、「もらった名刺が木でできてた。崎陽軒のフタみたいな」(元『光GENJI』諸星和己)など、挙げれば時間がいくらあっても足りない〝ジャニーさん伝説〟。

同氏は、日本人の父とアメリカ人の母をルーツに持つハーフ。昨年の誕生日に数え年の〝米寿〟を迎え、ここ10年ほどは高齢に伴う健康不安のウワサが常につきまとっていた。本人も老い先が短いことは感じ取っているようで、今年1月、2020年末での活動休止を発表した『嵐』に対しては、《2年間、がんばってほしい。僕はもういないですけど》と意味深なコメントも残している。

日本のエンタメ界全体に多大な影響を及ぼすジャニー氏の存在。今は〝いいニュース〟を待つしかない。