こぢんまりした流鉄でみりんの街へ

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流山駅に着いた「あかぎ」号(上)。向かいには「若葉」号が休む(下)

 天気のいい休日、前から気になっていた千葉県西部を走る流鉄流山線に乗った。流鉄は略称ではなく正式会社名。何回か変わっても地元ではずっと前から流鉄で親しまれていたらしい。

 全線5・7キロ、全6駅、乗車時間10分余で馬橋と流山を結ぶ。距離で言えば都心から三鷹や横浜、船橋あたりの、「そんなに近いの」と思ってしまうくらいのところを走る、こじんまりした短距離ローカル線だが、1916年開業の歴史ある路線だ。

 出発駅は松戸市にある常磐線馬橋。亀有、金町、柏あたりは街をぶらぶらしたことはあるが、馬橋はほとんど縁のない駅だった。

 だだっ広い常磐線の複々線区間の端に流鉄の専用ホームがあった。SuicaやPASMOといったICカードは使えず、切符は自動販売機で購入する。電車に乗るのに切符を買う。あれ?何か久しぶりの作業だな。その上、懐かしい「入鋏省略」の表示。それを確認して有人改札時代の名残とも思える無人の鉄製改札を抜けて、ホームを歩くと流山行きの電車が待っていた。

入鋏省略と書かれた切符

 紛う方なき西武電車101系!というより改造型101系だった。これまた懐かしい。西武時代と違い車体はほぼ赤色に塗り替えられていた。正面に「あかぎ」の愛称名。どの車両も旧西武電車が使われ、いずれも塗色が異なる。ほかに「若葉」、「流星」「なの花」「さくら」など。いずれも市民公募で決めたという。各駅停車が堂々と愛称を正面に掲げるのは珍しい。

 2両編成のワンマン電車は揺れた。つり革が激しく踊り、線路の継ぎ目を通るたびに重たい音が「がた、がた」と響く。次の幸谷は武蔵野線との乗換駅で乗降客は多い。次いで小金城趾。ここは沿線唯一の電車交換ができる駅。川を渡り流山市に入ると鰭ケ崎、平和台と続きあっという間に終点流山に着いた。車庫も備え、別に2車両が休んでいた。駅前は広く、空は高い。

 市役所がある市の中心部であっても周囲はどこかゆったりとした雰囲気。心地よい風が顔に当り気持ちいい。ほどなく大きなみりん工場に着いた。昔から流山はみりんの産地として知られる。本線から工場への引き込み線跡があり、案内版が建てられていた。以前は大いに輸送に活躍したことだろう。

 江戸川の土手にたどり着いた。広い空間が左右に広がる。みりんとともに水運の町だったことがよく分かる。下流に目をやると遠く流山橋が見えた。ああ、この橋が千葉・埼玉県民が戦ったあの橋なのか(出典・映画「翔んで埼玉」)。激しい戦いが繰り広げられた橋までは行かなかったが、土手に座って映画の名場面の数々を回想する。

 2005年、秋葉原とつくばを結ぶ「つくばエクスプレス」(TX)が開通、流山市から都心に一気に直通するルートができた。鰭ケ崎―平和台間で交差するが、流山線と乗り換えはできない。ただ、この高速鉄道に乗客が移行するなど開通が流鉄に与えた影響は大きいだろう。だから一日フリー乗車券などの対抗策で頑張っている。

 TXには開通日に乗った。最高速度130キロ、シャープな正面の顔やホームドア、全線高架と地下などに将来性を感じた。当時は江戸川を渡ると周囲はまだ砂ぼこり舞う“荒野”が目立ったが、今や優等列車停車駅などはマンションや宅地が広がり、住みたい街ランキング上位に入るくらいの人気でおしゃれな街に発展している。やがて今の6両編成から8両編成になるというし、東京駅延伸や晴海経由、臨海部まで延ばそう、という構想まである。

 そんなTXを尻目にのんびり走る流鉄。「都心から一番近いローカル線」に天気の良い日、今度はフリー切符片手に乗り降りしてみたいものだ。

 ☆共同通信・植村昌則