同日選見送り、背景に米中貿易摩擦激化リスク

参院選後、安倍首相は改憲・皇室論議に邁進

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衆院本会議に臨む安倍首相(左)と麻生財務相=26日午後

 安倍晋三首相が、夏の参院選と衆院選を同時に行う「同日選」を見送った。選挙情勢調査の堅調が伝えられ、内閣支持率は比較的高い数字を維持していたが、衆院との相乗効果に頼らずに参院単独で選挙戦に臨む道を選択した。あまり報じられていないが、最終局面で首相の判断材料となったのは、米中貿易摩擦が激化するリスクだったのだという。異例の日米首脳連続会談で米中間の早期合意はありえないと受け止めた首相は、世界経済が波乱含みとなる中での同日選はリスクが大きいと見極めたのだろう。

 裏を返せばこれは、自身の求心力を維持するための「解散カード」と、衆院で憲法改正に必要な3分の2の議席を温存したことを意味する。参院でも3分の2を維持できれば、首相が残り任期を見据えながら、改憲を含む残された課題の実現に邁進すると見て間違いはない。すると選挙後の新体制と政治日程は自ずと見えてくる。安倍政権の継続を織り込んだ永田町の関心は早くも人事と衆院解散の時期に加え、「首相連続4選」の可否と「ポスト安倍」の行方に向かいだした。 (共同通信=内田恭司)

増税は予定通り

 安倍首相が2019年夏の参院選に合わせ、衆院を解散して総選挙も同日に実施する衆参同日選を狙うのではないかとの臆測が流れ始めたのは昨年10月ごろだった。ロシアとの北方領土問題で成果を挙げて国民の信を問うのではないかというものだった。

 しかし、公明党の山口那津男代表が同日選を強くけん制し、11月下旬の安倍首相と山口氏との会談を境に風は静まったかに思われた。会談では、同日選さえ見送れば、公明党は参院選での自民党勝利に全面協力し、改憲論議の推進も妨げないことで双方が手を打ったのではないかとみられていた。

 年明けの1月22日にモスクワで行われた日ロ首脳会談は目立った成果が得られず、領土交渉が夏に向けて進む可能性が急速にしぼむ中、安倍首相は2月上旬、自民党の二階俊博幹事長と会談した。党選対関係者によると、首相は「同日選は考えていない」と伝えたのだという。

 「解散カードがないと、首相は参院選後も求心力を保てない。だから同日選はない」。会談を踏まえたこの選対関係者の読みだった。

 風向きが変わったのは、4月末に安倍首相の私邸を訪れた盟友の麻生太郎副総理兼財務相が同日選を強く進言したと伝わってからだ。萩生田光一自民党幹事長代行ら首相周辺による観測気球的な発言も相次ぎ、解散風はにわかに勢いを増していった。

 だが、解散の大義名分が明確にならなかった。10月に予定する消費税率の10%への引き上げを見送ることで信を問うべきだとの声はあった。しかし、5月20日に出た最新の四半期国内総生産(GDP)速報値は事前の予想を良い意味で裏切ってプラスとなった。消費税増税は予定通り実施する流れがほぼ固まった。

世界経済に不透明感

 ここで安倍首相は思案を巡らせたに違いない。同日選に踏み切れば増税方針の下で選挙戦に臨むことになる。野党は増税に反対・凍結で一致しており、安倍政権下での改憲反対や、脱原発も掲げ、世論の一定の支持を得ている。こうした構図の中で7月に世界経済が大きな変動に見舞われたらどうなるか。

 4、5月のトランプ米大統領との連続会談は、米中協議の行方を直接聞くことも主要な目的だったとみていい。そのトランプ氏は中国との全面対決を選び、6月には対中関税を25%に引き上げた。今後の米中協議次第では、対象を早期に大幅拡大する方針も打ち出した。

日米首脳会談後、共同記者会見に臨むトランプ米大統領(左)と安倍首相=5月27日午後、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影)

 今月28~29日開催の大阪での主要20カ国・地域首脳会議に合わせた米中首脳会談が不調に終われば、世界経済の不透明感は増す。マーケットに逆風が吹き、日本も巻き込まれるのは確実だ。先行き不安に覆われた中で投開票日を迎えれば、衆参両院ともに議席を大きく減らすかもしれない―。

 米中首脳が一定の合意に達したとしても、それは単なる先送りにしか過ぎず、リスクは回避できない。実は、菅義偉官房長官は一貫して同日選に慎重論を唱えていた。「ポスト安倍」を巡る思惑もあるのだろうが、菅氏はリスク回避を一番の眼目に置いていた。公明党も同じ立場で、連携していたのは言うまでもない。

記者会見する菅官房長官=27日午前、首相官邸

 トランプ氏から、中国に対しては一歩も引かないとの感触を得た首相の判断は一つしかなかったと言っていい。「同日選は見送る」。もともと首相は同日選に乗り気ではなかったのではないか。真剣に検討していた3年前とは、まるで迫力が違っていた。

安倍政権の「総仕上げ」

 今後、政界の焦点は参院選が政権選択の選挙でない以上、安倍政権の継続を前提に新体制の人事と、次期衆院選を見据えた政治日程に移る。安倍首相が「やり残したこと」として政権の最重要課題として掲げるのは、憲法改正と皇室の安定性確保だろう。

 安倍首相の側近で、首相を支持する保守系団体「日本会議」に極めて近い衛藤晟一首相補佐官は、かつて「戦後レジームからの脱却」を訴えた安倍政権は、政権としての「総仕上げ」に入る必要があると指摘する。それは憲法改正と安定的な皇位継承制度の確立だ。

 後者については、退位特例法の付帯決議に基づき「女性宮家の創設」が検討対象になる一方で、日本会議が強く主張し、首相も持論とする「旧宮家復活」を軸に議論が進んでいくのではないか。改憲論議は参院選の結果が行方を左右するが、安倍政権が9月以降、この2大テーマに本格着手しようとしているのは間違いない。

 鍵を握るのはいずれも菅官房長官だ。既に続投が当然視されており、議論を進めるため、特に憲法改正では日本維新の会との連携だけでなく、次期衆院選に向けて「草刈り場」になりかねない国民民主党の切り崩しを図るのではないかとの見方も出る。

 改憲論議が進んだ場合、来年の通常国会はいよいよ発議に向けての大きなヤマ場になる。発議には「3分の2以上」の勢力を維持する必要がある以上、会期末までの衆院解散は考えにくい。来夏の東京五輪・パラリンピック後となるのではないか。

 一方で今夏の参院選後、安倍首相が二階幹事長を続投させれば、年内解散を捨てていないと見ることもできる。だが、消費税増税や米中貿易摩擦の激化、英国の欧州連合(EU)離脱と、「ネガティブ・イベント」が目白押しになりそうで、解散はしづらいだろう。やはり来夏以降に解散の照準を合わせることになり、この場合、実は幹事長交代が視野に入る。

 それは次期衆院選を仕切り、勝利すれば「安倍首相4選」の声を上げられる人物なのだろうか。あるいは、改憲と皇室の安定性確保という首相の「遺志」を一心に引き継ぐことができる人物なのかもしれない。