【独逸徇行記①】ドイツのケアファームに在るもの

**●認知症高齢者の高いQOLを実現する“Green Care Farming”というコンセプト
●自然発生的に社会的役割と参加が生まれる「住居共同体:WG」
●自然をインフラに、動物とともに農家で家族的な生活を継続する**

ドイツでは、Wohngemeinschaft(WG:住居共同体)と呼ばれるシェアハウスが、高齢者の「すまい」の選択肢として急速に増加しつつある。
今日は朝7時にホテルを出発し、バスでボン近郊にあるWGを訪問した。

築250年の古い農家をリノベーションしたWGには、運営するプーシュさん一家6人の他、17人の入居者が暮らす。
入居者の要介護度は1~5までさまざまだが、半数が認知症。
サポートするのは日中4人+夜間1人のケアスタッフ。
入居者は、家族の一員のように家事や動物たちの世話をしながら、そして個別に必要な援助を受けながら、それぞれの望む生活を継続している。

古いキッチン。この建物の中心、と表現されていました。かつて、プーシュさんのおばあさんやお母さんがここで一日中料理をしていたそうです。いまはみんなのキッチンとして使われています。

ここで働いて2か月というフィリップさんは24歳のイケメン君。
15歳のころから病院での週末ボランティアなどに参加、大学でケアを学び、ホスピスケアの仕事をしていたという。彼に農場を案内してもらった。

街を背に広い麦畑を見渡すと、向こうには森しか見えない。
美しい緑がどこまでも広がる、北海道の美瑛のあたりの風景に似ている。

その広大な畑の中を一人でリヤカーを引くのは73歳のカール・ハインツさん。麦畑の向こう側にある牧場で牛に餌を与え、そのあと近くの池で釣りをするのが日課なのだという。
普段は誰も彼に付き添わない。部屋を出るときに一声かけて、一人で出かける。帰りが遅い時は様子を見に行くけど、それ以外は一人で自由に過ごしてもらっているよ、とフィリップさん。

見渡す限り誰もいない牧場、彼が毎日釣りをする池の水深は3メートル。
認知症の高齢者が一人、何かあったらどうするんだ!というのが日本での一般的な判断かもしれない。しかし、彼の作業の手際の良さ、幸せそうに水面を見つめる表情を見て、これを禁止する権利は誰にもないと思った。

一緒に牧場を散歩した新聞記者のカトリーヌさんは、ドイツでは介護に対する給付が十分ではないと多くの人が感じていると話してくれた。家族の力が弱くなってきている、高齢者や認知症の人が増えてきている、だからこそ保険サービス以外の部分を充実させていく必要があるのではないか、と。
ドイツでは、日本とは逆に実は給付範囲は広がりつつあるが、日常生活の質を上げるのは保険サービスの充実ではない、という認識は日本よりも進んでいる。

このWGを運営するプーシュさんは地元の名家。古くはワインの取引で、現在は自動車部品工場も経営している。もともとケアとは縁がなかったが、農家が農業単体で生き残っていくのが難しくなってきたことから、ケアファームに関心を持つようになった。同居していた祖母の自宅で済み続けたいという希望を叶えるためにもWGを開始することを決意、2011年にスタートした。

彼は、農家での生活は、高齢者や認知症の人に適している、という。

コールスローサラダを作ってくれる入居者。このあと、僕たちも一緒にいただきました。

日常生活に加え動物の世話など、さまざまな役割が自然発生する。そして、その役割を担うことが楽しめるし、ほかの人の役に立っている、という感覚につながる。

介護事業としては規模が大きいほうが運営面では効率はよい。しかし、小規模なほうが家庭的な生活環境・人間関係の中で穏やかに暮らせるし、それは入居者とそこで働くスタッフの両者にとって有益だ。

また、要介護度が高いほうが介護収入は高いし、ケアも多く提供できる。しかし、「人間であり続けること」、自分で選択できること、そして参加できることが重要なのではないか。だからこそ、入居者には「挑戦」を提供することが大事だ。

ここでは自然というインフラが、要介護になっても、認知症になっても、一日の生活リズムを失わず、自分が病気だという意識から抜け出すために重要な役割を担っている。

彼はそう指摘した。

時間の過ごし方は自由。

実際、ここには「何かしてもらうのを待っている」という感じの人はいない。
家事をしている人、アルパカを散歩している人、鶏の卵を拾う人、そしてリビングのソファで猫と居眠りをしている人。みな、思い思いに主体的に時間を過ごしている。認知症でも、車いすでも、それができる環境がある。
そして、「あおいけあ」のように、ぱっと見ただけでは、だれが入居者でだれがスタッフなのかわからない。

ここの入居者で一番若いという58歳のヘドウィグさん。
すっきりとした身だしなみ。最初はてっきり管理系の職員とばかり思っていた。しかし話を聞くと、交通事故で全身の骨折、5週間の昏睡状態、ほかにもいくつかの病気をしてここに来たのだという。58歳という若さだと老人ホームには入りにくい。ここではそういうことを気にしなくていいし、いろいろ仕事があって、体力も順調に回復してきていると、流暢な英語で教えてくれた。

ドイツでも要介護高齢者・認知症の人は増えている。多くが自宅での生活を望むが、重度化が進むと、施設を選択せざるを得ないケースも出てくる。しかし、大型施設の多くは、入居者を孤立させ、その能力を奪う。入居者も自分の「すまい」という認識を持てず、活動性が低下していく。

一方、農家型WGでは、小規模なグループの中で、それぞれのニーズに合わせた個別のケアのアレンジが容易になる。
ピエロの慰労訪問などとは違い、生活そのものが「意味のあるアクティビティ」になり、社会の役に立っているという感覚につながる。また、農場はすべての人にオープンな場所。家族、子供たち、近所の人たち、さまざまな人たちと交流がSocial Inclusionを生み出す。

ザールブリュッケン大学で認知症ケアと住居共同体を研究しているゲスケ教授が、このような農場における取り組みを“Green Care Farming”と定義し、従来型の施設ケアに比較し、より効果的なケアが提供できていることを、多数のエビデンスとともに紹介してくれた。

農家で自然とともに暮らすGreen Care Farmingは専門職のケアへの依存が低いが、従来型の施設ケアと比較しても、ケアの質(Quality of Care)は遜色ない。
むしろ、身体機能は改善し、向精神薬の使用率が減少する。そして活動性や社会参加は上がる。それに伴い、転倒のリスクは若干高くなる傾向があるが、食欲は改善し、水分摂取量が増加し、QOLスコア(QoL-AD13-52)はより高くなる。

Green Care Farmingは、農家での生活、自然というインフラを活用しながら、人生が最終段階に近づいても、よりよい生活を継続することができる。ゲスケ教授に教えていただいたエビデンスがなくても、ここで暮らす高齢者を見ればすぐに実感できる。
小規模のユニットケアという意味では、グループホームのコンセプトに近いという浅川さんの指摘に、なるほど、と思った。しかし、ここは地域に開放されており、施設の外にも役割や生活の場が存在する。もちろん建物もオープンで、鍵はかけられていない。入居者は自分の「すまい」としての感覚を持っており、逃げたい場所ではなく、帰りたい場所になっている。
入居者が上手に役割を見つけられる、心地よい居場所をコーディネートしている、という意味では、あおいけあにも似ていると思った。

Green Care Farmingという言語化されたコンセプトを学び、これを日本でやりたいという思いがますます強くなった。WGというわけにはいかないが、通いの場としても、農場や農家の持つポテンシャルはとても大きいと思う。

ぜひとも実現したい!

佐々木 淳

医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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