【独逸徇行記⑦】「共同体」という名の住まいとは

バスを降りた瞬間、圧倒される存在感。
ここが本当にシェアハウス?

自然保護区の中に77,000㎡の広大な敷地を持つWIR VOM GUTはドイツで最近急速に増えてきているWG(住居共同体)の一形態だ。歴史を感じる大きな建物の中に、さまざまなバックグラウンドを持つ多世代の100人が、互いに支え合いながら、一緒に生活している。

巨大なお屋敷は、かつては大きな農場だった。
高齢者施設にリノベーションされる過程で事業主が倒産、紆余曲折を経てWGにコンバートされた。
WIR VOM GUTは期せずして、バリアフリーの集合住宅を手に入れることになったのだ。

もちろん物件の取得や改装には資金が必要だ。
WIR VOM GUTは、医師・建築家・銀行家の三人が中心となり、ここで一緒に暮らしたいという人々を募り、組合を組織して出資金を集めた。

出資金を払うことで終身利用権が得られる。そして月々の家賃を払うことで、ここでの住居が確保される。

現在は選出された理事たちが組織を運営、複数のワーキンググループが共同生活を快適にするために活動している。
一緒に食事をしたり、カフェをしたり、映画を観たり、子供たちを一緒に保育士にみてもらったり。特に小さな子供を育てるのには、よい環境なのかもしれない。

もちろん近隣トラブルも起こる。快適な共同生活を維持するためには、ルールが必要だ。新しいメンバーを迎えるにあたっては、住民による審査があるという。

100人という大きなコミュニティを、みんなが満足できる形で維持し続けていくためには、小さな不公平感をケアしていく必要がある。僕個人は、メンバーとしての義務と自分の生活の両立は難しいように感じた。
WGによって住民間の関わりの度合いもさまざまなのだと思うが、コミュニティは建物のようなハードとは違い、ずっと同じ形であるわけではない。僕のようにコミュニティにコミットできない人にとっては居心地が悪そうだ。

WGは高齢者のすまいとしての機能も期待されている。実際、先に紹介したGreen Care Farmのように高齢者ケア・認知症ケアを前提に運営されている施設もある。

 

ここにも終の住処を求めてやってくる人がいるという。実際、88歳の認知症のある要介護3の女性が一人暮らししている。彼女は食事など日常生活の一部を共有し、外部の介護サービスを利用しながら暮らしているという。近隣の支え合いで家族的ケアが行われる、というわけではないらしい。

せっかくのコミュニティなのに、と問うと、同席した初老の女性は、自分なら近隣住民の世話にはなりたくない、とはっきり答えた。快適な暮らしには、適度な距離感も必要、ということなのだろう。

今後、コミュニティの高齢化が進む。どうするのか?という質問には、建物の一部に要介護高齢者を集住させ、内部でケアができる体制を考えているとの答えが。一部を介護施設化するということか。創設からまだ3年の若い組織なので、そのあたりはこれからのテーマなのだと思う。

屋敷のすぐ横には清流が、森の中では羊たちがのんびりと下草を食んでいた。

鳥の鳴き声、花々の香り、穏やかに暮らす人々。
一見夢のような理想の場所が、実は怖い掟を持つ閉ざされたコミュニティだった…
最近、ネットフリックスでそんなドラマ観たな、と思いつつ。

佐々木 淳

医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長 1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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