我々も彼らから学ぶことは多かったが、彼らにも新たな発見が沢山あった
トヨタ スープラの最上級モデルである「RZ」を目の前にしたとき、チーフデザイナーである中村暢夫氏は「最初BMW側からは、我々のデザインに対して『このままだと冷却性能が足りないはずだ』と言われたんです」と教えて下さった。
3リッター直列6気筒ターボから発するパワーは340PS/5000rpm、最大トルクは500Nm/1600~4500rpm。ちなみにこれは、兄弟車であるZ4 M40iと全く同じ出力値である。
なるほど、これは面白い……と思った。つまりBMWは、あの巨大なキドニーグリルありきでエンジンを開発しているわけだ。年々巨大化して行く鼻の穴は、確かに空力性能を追いかけるために時折塞ぐようにもなってきたが、ターボエンジンが高性能化している証でもあったのである。
しかしトヨタは、TMG(トヨタ・モータースポーツ・ヨーロッパ)などの手を借りて、独自にスープラの空力性能や冷却性能を煮詰めた。その成果としてフロントグリルは、むしろ開口部をフラップで狭めるほどになった。そうした方が吸入空気にタービュランス(渦)が起こり、ひっぱり効果が生まれるのだという。また若干のフロントリフト抑制にもつながったという。
ちなみに「SZーR」と「SZ」は、さらにフロント周りの開口部が小さい。つまりメッシュ部分のダミーが多くなっている。
これは当然ながら搭載される2リッター直列4気筒ターボの発する熱量が3リッターよりも少ないからであり、空力的に抵抗となる部分を塞い結果なのである。
「これにはBMWも驚いていました。我々も彼らから学ぶことは多かったですが、彼らにも新たな発見が沢山あったと思いますよ」
そう中村氏は教えて下さった。
というわけでここでは、チーフエンジニアである多田哲哉氏と、チーフデザイナーである中村 暢夫氏から聞いた話を元に、新型スープラをさらに掘り下げて行こうと思う。
ダミーのエアスクープは“わかるヤツだけ開けて使えばいい”
中村氏との会話でさらに興味深かったのは、エアスクープの話である。
スープラはそのフロントフェンダー(というよりもボンネットか)と、リアフェンダーに、ダミーのエアスクープを付けている。しかしこれは単なるダミーではなく、今後の発展性を求めた“本物のダミー”だったのだ。
具体的に言うと前後フェンダーの開口部は、タイヤハウス内の空気を引き抜くことに活用できる。袋状のタイヤハウスから空気を抜けば車体のリフトは減る。ブレーキの冷却にも当然役立つだろう。
しかしこれを必要としない人々(一般ユーザー)のことも考えて、市販状態のスープラはこれを塞いでいる。
トヨタくらいの大メーカーになるとたとえスポーツカーでも乗り手の理解は様々。走行後フェンダーに付いた泥や汚れを見て残念に思う人もいる。だったら「わかるヤツだけ開けて使えばいい」というメッセージが、このダミースクープには込められているというわけなのだ。
ニュル24時間耐久レースを走ったスープラの写真を見る機会があれば、それを確かめてみて欲しい。きっとそこには、このエアスクープが機能しているはずである。
中村氏によれば開発段階からスープラは、活躍の場にレーシングフィールドを想定しており、いざその段階で特別なモデルを出すよりは、こうした工夫を最初からしておく方がコスト的にも賢い選択だったという。つまりスープラは、本当に「走るために生まれた」スポーツカーなのである。
開発当初、スープラにあまり空力要件を盛り込みすぎないようにしていた
スープラのデザインで目を惹くのは、その近未来的なルックスの中にちりばめられた、古典的なスポーツカーの様式美である。
たとえばそのルーフは、60年代にアバルトやアルファ・ロメオSZといった、小さな宝石たちが用いた「ダブルバブル」形状になっている。
ただしこのデザインは、単なる懐かしさから導き出されたものではない。「ドライバーがヘルメットを被った際にヘッドクリアランスを確保するための処理で、中央部分は可能な限りこれを低めた結果なんです」と中村氏が語る通り、昔のダブルバブルと同じ、機能面から採用されたデザインなのであった。
またそのリアハッチには、やはり70年代のポルシェ911を連想させるダックテールスポイラーが一体式で装備されている。これは完全にGTウイングを嫌った美しさ狙いのスポイラーだが、空力的にも前後のリフトバランスに貢献しているという。
とはいえスープラには、開発段階から不思議な一面があった。
「我々は開発当初、このスープラにあまり空力要件を盛り込みすぎないようにしていたんです。まずはスポーツカーとしての美しさを優先して、そのデザインをスタートしました」
と、リアフェンダーアーチの盛り上がりを指さしながら中村氏は語る。
「デザインの修正は全部で3回行ったのですが、既に2回目のデザイン改良を行った時点で、空力的な目標はほぼクリアできてしまっていたのです。我々もそれがどうしてなのかを正確に解析するのはこれからなのですが、これにはBMWも驚いていました」
というのだ。
ちなみに多田チーフエンジニアもスープラには「燃費性能向上を目的としたドラッグ(空気抵抗)低減をそれほど求めてはいない」と語っている。それよりもスープラでは「(操縦性を向上させる)リフトの低減をしっかりやろう」ということになった。こうした思い切りの良さは、プリウスを筆頭とした乗用車で、常に厳しい燃費性能を追求してきたからこそ可能となったのだろう。普段やることやってるのだから、スープラは思い切り走りを楽しむクルマにしよう! というわけだ。
つまり人間(この場合はデザイナーか)の感性を中心にデザインした結果、スープラのデザインは空力的にも優れたものとなっていた。CAD-CAMによる効率追求型のデザイン構築が全盛のいま、デザインはどれも画一的で「みんな同じ」になりがちである。そんな中でスープラは、個性と性能を神業的に両立させたスポーツカーだと言えるかもしれない。
今後の発展性次第では「M」シリーズのアップライトや足回りが流用可能
さらにスープラには、個人的な疑問もいくつかあったので、多田チーフエンジニアにこれを突っ込んで深掘りしてみた。
まずはそのひとつは、なぜフロントサスペンション形式がマクファーソンストラットなのか? ということだった。
これは当然、スープラがBMWのリソースを使うからに他ならないわけだが、ではなぜ彼らBMWが、長年ストラットを使い続けるのか?
「それは(コスト以外に)、重量的な理由が大きいようです」
フロントのアーム形状をダブルウィッシュボーンにすることで、横力に対する支持剛性は確かに上がる。しかし、多田氏も長年の経験から「アームが増えるだけで(バネ下重量において)かなりの重さが増える」ことを認めている。
BMWはもちろん、スープラがこだわったフロントとリアの50:50という重量配分を達成する意味でも、ストラット形式のサスペンションは有効だった。なおかつアーム類はアルミ製にするなど、軽量化が図られているのだという。
確かに近代的な大径タイヤを履かせた場合、ハブからは極太のアームがアッパーアームへと伸びてジョイントする「ハイマウントダブルウィッシュボーン」形式や、マルチジョイント式のアームが採用されることが多い。
対してストラットでも十分なフロントタイヤの応答性が出せるのであれば、それでいいというのも頷ける。
ちなみにリアのサスペンションアームは、空力を考えウイング形状になっているという。
さらに多田氏は付け加えた。「スープラがBMWと同じストラット形式を採用したのは、今後の発展性を見通しているからです。つまりそこには、「M」シリーズ(やGTS)のアップライトや足回りが、流用可能となるわけです」
なるほど! もはやこれ、クルマ好きの発想である。
そこで筆者が
「だとしたら、S55ユニットの搭載も可能になりますよね?」
と間髪入れずに質問すると
「ぎくぅ!」
と茶化しながらも、否定はされなかった。
ちなみにS55ユニットは現行M4を始めとしたBMW Mシリーズに搭載されるエンジンである。その最強の座はX3/X4 Mコンペティションに搭載された「S58」ユニット(最高出力510PS/最大トルク600Nm)に譲ったが、ともかくこうしたMユニットの搭載を、スープラは視野に入れていることになる。
となると気になるのは、トランスミッションだ。
ちなみにスープラは、MTをラインナップしない。これはその速さに対して「ハンドリングに集中して」スープラの潜在能力を引き出して欲しい、という願いがあるという。またもちろん、MTの販売数の少なさを予想した結果なのだと思う。われわれクルマ好きはとかく「MTがない」ことに文句を付けるけれど、実際にMTは、驚くほど売れない。
だが本家BMWがM仕様にはDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)を使うのだから、せめてスープラにもこれを使ったらどうなのか? 本家もZ4は8速ATだが、Mが出たらきっとDCTを搭載してくるのでは?
この問いに対しても多田氏は、明確な応えを持っていた。
「DCTで一番気になるのは耐久性です。これまでDCTを主流としてきたメーカーも、そのコストや耐久性問題には頭を悩ませていると聞きます。
また現代のトルクコンバーター式ATは、DCTにひけを取らないくらいのレスポンスが実現できています」
つまり今後の発展性をも考えると、トヨタはトルクコンバーター式で、スポーツATを実現して行くことがベストだと考えているわけである。
実際レクサスIS Fのクラブレーシングである「CCS-R」も、そのトランスミッションはトルコン式ATだった。423PSのパワーを受け止め、しっかりとスリックタイヤに駆動力を伝えた走りから考えても、耐久性の高さには頷ける。
レクサスRC FやLCにしても、変速スピードやプログラミングの精度にはまだ課題が残るけれど、街中での扱いは変速ショックなども含め、DCTよりスムーズである。今後スポーツ性能面にさらなる改良がほどこされたら、確かにDCTいらずと言えるところまで来るのかもしれない。
ともかく重量的にも重たくなり、かつコストも掛かり、二つのクラッチを持つ構造ゆえの耐久性や熱管理の難しさが、トヨタにDCTを選ばせない理由だったようだ。
スープラ復活に他社も奮起したらとても素晴らしい
スープラというスポーツカーは、BMWとの協業によって生み出された。
多田チーフエンジニアも語る通りその要は、新規に作った専用プラットフォームであり、これはBMWにとっても新たなチャレンジだった。
そしてこうしたウルトラCを可能としたのは、「トヨタ86」でトヨタがスバルと提携した経験が活きていると思う。生産コストを抑え、その余力を走りの楽しさへと注ぐ協業マシンメイクは、今後他社でもさらに増えて行くかもしれない。スープラの出来映えを見て各社の心あるエンジニアたちが、「もう一度スポーツカーを作ろう!」と奮起したら、とても素晴らしいことだと思う。
“スポーツカーを復活させる”という道を切り開いたパイオニアとして登場したことも、スープラというスポーツカーの意義であったと筆者は思う。
[筆者:山田 弘樹/撮影:茂呂 幸正・和田 清志]