浜崎容子「盲目の愛への憧憬を七色の声で唄う至上のポップ・ミュージック」

的確だった角松敏生の〈プロファイリング〉

──どんな経緯で新作のプロデュースを角松敏生さんに委ねることになったんですか。

浜崎:次にソロ・アルバムを作る時はプロデューサーを立てたいと考えていたんです。自分でもプロデュースはできるけど、それだとどうしても自分の好きな世界観に寄ってしまうので。『BLIND LOVE』と同時発売される『Film noir ultime』を聴いてもらえればわかると思うんですけど、自分一人で作ると偏った世界観になっちゃうんですよ。そうではない、もっと自分の別の一面を引き出してもらえる方を探していたんです。それとサウンドだけではなく、ボーカリストとしても尊敬できる方が良かった。もっと歌が上手くなりたい、ボーカリストとしてさらにステップアップしたい気持ちがあったので、その部分を伸ばしてくれる方、何らかの気づきを与えてくださる方を探していました。何人か検討していた中で、たまたまウチの事務所の社長が角松さんと昔からの知り合いだったので、ダメ元でお願いすることにしたんです。最初は絶対に断られると思っていたんですけど、一度お話をしましょうということになりまして。結果、引き受けてくださることになりました。

──角松さんの音楽はもともとお好きだったんですか。

浜崎:両親がすごくファンだったんですよ。自我が目覚める前の幼少期に、角松さんや杏里さん、久保田利伸さんといった音楽が常に家で流れていて、角松さんの音楽をずっと聴いて育ったんですよね。自分の音楽遍歴の一番最初の部分と言うか、私の中では歌手・音楽とはこういうものなんだという雛型でした。

──角松さんはシンガーやミュージシャンとしての資質を見出せないアーティストからのプロデュース依頼をビジネスとしては受けないそうですから、浜崎さんのこれまでの作品を聴いて何か光るものを感じたということですよね。

浜崎:そうだったらとても嬉しいですね。角松さんの中で私は今までプロデュースしたことのないタイプのボーカリストだったみたいで、私が作ってくる曲も面白かったと仰ってくださいましたね。

──今作『BLIND LOVE』は一聴して従来にない音の良さにまず驚きますし、クレジットを見るとピアノの森俊之さんやサクソフォーンの本田雅人さん、ギターの鈴木英俊さんといった錚々たるミュージシャンが脇を固めていて、プレイも音作りも非常に熟練されたものになっていますね。

浜崎:角松さんがいつも起用されているミュージシャンの方々が参加してくださっているのを私は後で知ったんですけど、送られてきたクレジットを見て驚きました。「もっと早く言ってよ!」って(笑)。こんなに豪華な顔ぶれが私のために参加してくださったなんて。

──今回の収録曲は、これまでに書き溜めていた曲もあれば、角松さんのプロデュースが決まった後に書き上げた曲もあるんですか。

浜崎:だいたいの曲は角松さんにプロデュースをしていただくことになってから書き上げました。「バイブル」だけは4年くらい温めていた曲なんですけど、それでもAメロとかは最初の頃と全然違う感じになりましたね。

──1曲目の「不眠」は角松さんによる作詞・作曲ですが、これはやはり浜崎さんをイメージして提供された曲なんでしょうか。

浜崎:らしいです。レコーディングに入る前と言うか具体的な作業に入る前に、角松さんとは何カ月もメールや電話のやり取りを毎日のようにしていて、それもメールはかなり長文のやり取りだったんです。途中でこれはプロファイリングされているんだなと気づいたんですけど(笑)、プロデュースする上で私がどういう人間なのかを把握しておきたいんだろうなと思いました。「君はこういう人なんだね」みたいなことを断定的に言われて、ちょっと病んだ時もありました(笑)。

──何か決定打みたいなことを言われたんですか。

浜崎:一番鮮烈だったのは、「君は本当に人を好きになったことがない」ですかね(笑)。そんなことありませんよ〜! ってちょっとムッとして(笑)反論したんですけど、その後にふと考えたんです。いや、それはその通りかもな…って。それで歌詞を書き直したのが「新宿三丁目」なんですよ。

──ああ、「私は私以外愛せない」という歌詞がありますものね。

浜崎:あと、「誰かを好きになりたいのに/誰も好きになれないの」という歌詞もそうですね。

──『Film noir ultime』に収録された新曲「FORGIVE ME」にも「誰かを愛してみたい」という歌詞がありますね。

浜崎:そうなんです。誰かを愛してみたいんですよ(笑)。

──結果的に角松さんのプロファイリングは当たっていたわけですね。

浜崎:実は的確だったんですよね。他者から見る自分と自分自身が思う自分は違うものだけど、他者から見る自分は当たらずとも遠からずなんだなと思って。そういう今まで気づけなかった自分自身に気づけたことで、『BLIND LOVE』の後に作った『Film noir ultime』の新曲の歌詞は角松さんから言われたことにだいぶ影響を受けていると思います。

角松の提供曲「不眠」で見せた二面性

──「不眠」は自身の欲求をいつか満たしたいと唄われる、そこはかとなく艶っぽい曲ですね。

浜崎:男性のインタビュアーの方は皆さんこの曲に引っかかるみたいですね。「不眠」は、私がこれまであえて避けてきた言葉を全部使われたようなところがあるんです。ああ、この言葉を使うんだ…? みたいな。そこも角松さんに見透かされているなと思いました。

──「生きたい」とか「したい」といった言葉ですか。

浜崎:そうですね。あと、「咲わない 嗤えない」とか。私とメールのやり取りをして「この子は本当に不眠症なんだな」と思われたんじゃないでしょうか(笑)。

──「不眠」は構成もユニークで、前半は性急なビートで疾走する感じですけど、後半では一転して浮遊感のある曲調に様変わりしますね。

浜崎:前半は角松さんがプロデュースしたいと思うボーカリストの唄い方で、言ってみれば角松スタイルなんですよね。曲がガラッと変わるところからは従来の私のスタイルを出したいということで、1曲の中で二面性を出す意図が角松さんの中であったみたいです。

──なるほど、1曲目から意表を突く狙いがあったんですね。

浜崎:「不眠」が一番最後にできた曲なんですけどね。自分なりに全体の流れを決めていて、「不眠」を1曲目にしようとは考えていなかったんですけど、角松さんがこういう曲が入ると面白いって提案してくださって。最初は自分に唄えるかどうか不安だったんですよ。かなり難易度の高い曲なので。実を言うと、『BLIND LOVE』の制作は2年前から取りかかっていたんですが、角松さんがいろいろあられたようで精神的にダウンされてしまって一度中断したんです。「この子(容子)のエネルギーが強すぎてとても今の自分には手に負えない」と思ってしまったんだって後に話してくださいました。角松さんが回復されてから制作を再開したんですけど、その時に「ひょっとしたら曲が書けそうな気がする」とメールをいただいたんです。私のために曲を書きたいと思っているけど少し待ってほしいと言われて、その後「不眠」を提供してくださいました。

──「バイブル」と「新宿三丁目」は、浜崎さんの歌と角松さんのギター、キーボード、プログラミングだけで構成されていますが、浜崎さんのデモはどの程度活かされているんですか。

浜崎:私としてはベース、ドラム、コード、構成をまとめた簡易的なデモのつもりだったんですけど、角松さんはかなりしっかりしたデモを作り込んできたなと思ったらしいんですよ。なのでそのデモを壊すところから始まったんですが、アレンジは最初から全部お任せさせてもらうつもりでした。結果的には「春の去勢不安」のイントロや「バイブル」の間奏のオルゴールとかベースがトリッキーな部分、「リフレイン」のリフとかも私のデモがそのまま使われました。面白がってくれていたようで。

──浜崎さんのデモに対して角松さんからどんなアドバイスを受けましたか。

浜崎:たとえば「バイブル」の場合、角松さんは歌のキーをどうするか最後まで悩んでいらっしゃったんです。最初のデモではもっと高く作っていたんですけど、最終的には一音下げたんですよね。それと同じように「キーを下げてみたら?」とアドバイスをくださった曲が他にもありました。私はずっとハイトーンで唄ってきたし、それが自分の唄い方には合っていると思っていたんですけど、角松さんとしてはもっと低くて太い良い声が出るのにもったいないと感じたみたいで。それと「バイブル」は、「こっちのほうがポップスとしてはポピュラーなキーなんじゃない?」と角松さんに言われたんです。私はキーを下げられることに最初は抵抗して、ちょっとケンカになったんですよ(笑)。

──巨匠に物怖じずることなく、健全なディスカッションをされたんですね(笑)。

浜崎:自分としては楽曲に対してこういうものを作りたい、こういう感じでやりたいという思いが強すぎたのかもしれません。ソロの3作目を作るにあたってアルバム全体のテーマと言うか、こういうものにしたいという具体的な構想は特になかったんです。出てきた曲で何となく方向性が見えましたが。ただプロデューサーを立てたい、できるだけカバーを入れずにオリジナルを増やしたい気持ちだけはありました。前作の『BLUE FOREST』では「雨音はショパンの調べ」と「誰より好きなのに」というカバーが2曲あったし、本当はせっかくやるならオリジナルをしっかり作りたいタイプなんですよ。カバーならライブでもやれるし、それをわざわざ音源にする必要もないと思っているので。

──とは言え、「THE TOKYO TASTE」はサディスティックスのカバーですよね。

浜崎:角松さんのセレクトで、それまで不勉強ながら存じ上げなかった曲ということもあって、自分の中ではカバーという認識があまりないんです。あと、「春の去勢不安」は菊地成孔さんに歌詞を書いていただきましたが、それは前作の「ANGEL SUFFOCATION」からの流れもあったし、私は菊地さんの言葉がすごく好きなので今回も依頼しました。それ以外の作詞・作曲はできるだけ自分でやりたかったんです。

苦手な恋愛のことをあえて歌にする

──「新宿三丁目」は『BLIND LOVE』の中でもとりわけポピュラリティに溢れたメロディの秀作だと思うのですが、アーバンギャルドには「シンジュク・モナムール」という曲もあるし、『Film noir ultime』に収録された新曲「東京、午前4時」にも新宿に初めて行った日のことが描写されているし、浜崎さんにとって新宿は歌が生まれてきやすい街なんでしょうか。

浜崎:単純に新宿という街並が好きなんですよね。渋谷ほど若くなくて、六本木や銀座ほど老けていないし。それと、上京したての頃のインパクトが強かったんです。アーバンギャルドに入って一番最初のカルチャーショックは、まわりが東京生まれ東京育ちの人たちばかりだったことなんです。東京生まれ東京育ちの人って本当にいるんだなと思って。私のような地方出身者から見た東京と、東京生まれ東京育ちの人から見た東京は全然違うので、その違いを書いてみたい気持ちもありました。ちなみに言うと、「東京、午前4時」は今回の曲作りで一番最後にできた曲で、4月の中旬くらいに完成したんです。当初、新曲は2曲だけの予定だったんですが、どうしてもあと1曲入れたかったんですね。

──ちょっと話が逸れますが、浜崎さんが生まれ育った街を歌にしてみたいとは思いませんか。

浜崎:思いませんね。特に書くことがないですから(笑)。神戸、三宮、宝塚、梅田、ミナミといった自分が思春期を過ごした街のことを歌にしようとすると、あまりに生身の自分が出すぎてしまう気がします。

──「春の去勢不安」はボサノヴァ調の軽快なアレンジと「去勢不安」という不穏な言葉の対比が面白い曲ですね。

浜崎:私が最初に出した「春の去勢不安」のデモは8ビートのロックっぽいアプローチで、あのイントロのニュアンスがずっと続くような曲調だったんです。最初の部分から一転、ボサノヴァになるのは角松さんの提案だったんですけど、私のボーカルを何度も聴いてくださった上で「心が南米へ飛んでしまった」と仰っていました(笑)。それで、ボサノヴァが合うんじゃないかと考えてくださったみたいです。個人的にもアレンジはもちろん、曲自体が好きですね。

──「苺みるくのみずうみ」や「チェリーコークの水槽」といった菊地成孔さんならではの歌詞も想像力を掻き立てられますね。

浜崎:実は何カ所か変えていただいたんですよ。と言うのも、菊地さんの中ではアーバンギャルドに寄せたほうがいいのかな? と思われたみたいで、最初はもっとグロい歌詞だったので。

──「失神フェチ」というワードにその名残があるような気もしますが。

浜崎:それはおそらく菊地さんのご趣味じゃないでしょうか(笑)。

──(笑)聴覚を刺激されるようなワードが多いんですよね。「神様なんで私たちは お肉を食べたがるの」とか。

浜崎:最初はその歌詞を見て驚きましたけど、意外とメロディと合っていたし、お客様がいろいろと言葉を変えて遊べるなと思ったんですよ。そもそも「去勢不安」という言葉自体、スタッフ内でも賛否があったんですけど(笑)、私は全然抵抗がありませんでした。昨日、ライブのリハをしたんですけど、特にこの「春の去勢不安」はいい曲だなと改めて思いましたね。

──輪唱スタイルの「リフレイン」もまた名曲なんですが、「これはきっと21世紀の/重大な問題で誰も解けない/生き急いでる病気よ」という恋について言及した歌詞がアルバム全体に通底するテーマなのかなと思ったんですよね。

浜崎:自分は今までそれなりに恋をしてきたつもりなんですけど、角松さんに「君は本当に人を好きになったことがない」と言われたことで自らを顧みて、盲目的に誰かを愛してみたいと思うに至って『BLIND LOVE』というタイトルを最後の最後に付けたんです。本当はもっと自分の内面を象徴するようなタイトルを考えていたんですけど、それはいつかどこかで使おうと思って。「リフレイン」に関して言えば、自分にとってはネックなものである恋について唄ってみたと言うか。どうしても上手くいかない、苦手な恋愛のことをあえて歌にしてみたんです。

──恋愛にと言うより、男性に苦手意識がありそうなのは『バラ色の人生』を読んでも窺えますけどね(笑)。

浜崎:全然わからないですね、男の人が考えていることは。恋をするたびに「この人が運命の人なのかな?」といつも思うけど、だいたい違いますし。

──「リフレイン」は森俊之さんのピアノがサウンド全体の良いアクセントになっていますね。

浜崎:デモでは打ち込みだったピアノの部分があんなふうに再現されて、感激しましたね。あの森さんのピアノはとても素敵だと思います。「リフレイン」は角松さんもお気に入りの曲みたいですね。

ソロでの自分が何者であるかをやっと理解できた

──「これは涙じゃない」も大きな収穫だと思うんですよ。ああいうしっとりとしたジャジーなナンバーも見事に唄い上げる力量が浜崎さんには備わっているのを実感できたので。

浜崎:あそこまでジャズっぽい感じになるとは思わなかったんですけどね。「これは涙じゃない」が一番最初にレコーディングした曲で、仮歌で録ったボーカルが結果的に使われたんですよ。一応、レコーディングが再開した時に「録り直す?」と訊かれたんです。「これは涙じゃない」と「バイブル」は2年前に録ったボーカルなので。自分としては録り直したかったんですけど、「これは涙じゃない」を聴き直したらいい感じで唄えていたし、これはこれでいいかなと思って。コーラスだけ後で録り直させていただいて、自分の中で折り合いを付けました。

──ブルーノートみたいな会場でジャズメンを従えたライブもできるんじゃないかと妄想が広がる曲でもありますよね。

浜崎:本格的なジャズと言うよりも自分はジャズ・シンガーではないのでなんちゃってな感じになってしまうでしょうけど、そういうアダルトな雰囲気のライブもいつかやれたらいいなとは思いますね。

──アルバムを締め括るのは「THE TOKYO TASTE」という角松さんとのデュエット曲ですが、デュエットはどちらが提案したんですか。

浜崎:私からぜひにとお願いしました。できればオリジナルでやりたかったんですけど、角松さんの中でイメージが浮かばれたみたいで。「THE TOKYO TASTE」は角松さん自身がもともとカバーしたい曲だったそうで、原曲の女性ボーカルのようにコケティッシュ・タイプのボーカルを探していたみたいで、私がパートナーに合うんじゃないかと考えてくださったそうです。

──ああいう洗練された都会的なサウンド、いわゆるシティ・ポップの世界観もまた浜崎さんにお似合いなのが新鮮な発見でした。

浜崎:意外としっくりきましたね。「THE TOKYO TASTE」は唄うのが簡単なようでけっこう難しいんですよ。そもそも英語の発音が…英語で唄うことなんてほぼないので、そこはかなりダメ出しをされましたね。「そんなカタカナみたいな感じじゃなく、もっと格好良く発音してくれ!」って(笑)。

──巨匠とのデュエットはやはり緊張しました?

浜崎:すごく緊張しました。実力的に角松さんが10点満点だったら私は2点くらいだと思っているし、身の丈に合っていない感じが歌に出ちゃったらイヤだったので。だから唄う前はすごく心配だったんですけど、選曲に助けられたところもあったんですかね。面白かったのが、2人ユニゾンのパートがあるんですけど、私がオクターブ低く唄うとなんと角松さんのお声に似てるっぽくて(笑)。「いま唄ってた?」「声、似てない?」ということが何度もレコーディングでありました(笑)。

──この「THE TOKYO TASTE」が新たなレパートリーになったことで、東京なり新宿といった街の情景を唄うボーカリストという一面が強まった気もしますね。

浜崎:そうなんですよね。「THE TOKYO TASTE」で自分が唄うテーマみたいなものが見えてきたなと思って。それはつまり、東京での恋に思い煩う女性と言うか…。作詞にはだいたい自分の実体験を織り込んでいるんですけど、『フィルムノワール』は上京して間もない頃で、そこで描いていたのは地元での恋だったと思うんです。『BLIND LOVE』で描いているのは東京に住んでからの恋だから、「THE TOKYO TASTE」が入ったことによって今の自分と繋がっているんだなと思いましたね。

──浜崎さんにとって還るべき母港はアーバンギャルドだと思うのですが、母港にいたままでは経験できなかったことを経験できた手応えが今回あったのでは?

浜崎:『BLIND LOVE』で培った経験をバンドにも活かしたい、還元したい気持ちはありますね。一流のミュージシャンの方々と仕事をご一緒させていただいたことをバンドにフィードバックして、バンドとしてもさらなる高みを目指したいと言うか。ずっと同じような環境にいるとやっぱりそれ以上伸びないし、同じバンドを10年以上続けていると新たに学べる機会がどんどん減っていくんです。それが自分としては危惧していたところで、同じ集団、同じ仲間たちで固まったまま上にあがっていっても成長できないし、私は同じ場所にずっと留まっていたくないんです。

──こうしたソロの取り組みもまたバンドの糧ということですか。

浜崎:バンドの糧と言うよりも、バンド=自分自身みたいになっているところがあって、自分のため=バンドのためなんですよ。こういうことに取り組めばアーバンギャルドのためになるという発想もないし、これをやったら自分のためになるという発想もないし、どっちも全力で取り組んでいるので意識は全部一緒なんです。

──映画にたとえるなら、バンドでは主演女優に徹している一方、ソロでは監督兼主演女優としての取り組みがいがありますよね。

浜崎:今回は角松さんが「これは共同プロデュース作品だと思っている」と仰ってくださったんですよ。ある時、「君はシンガー・ソングライターだから」と角松さんに言われて、すごく腑に落ちたところがあって。それまで自分のことをシンガー・ソングライターだと思ったことがなくて、あくまでも自分はバンドのボーカリストという意識が強かったんですね。バンドで曲も作っているから作曲家ではあるかなと思っていましたけど、シンガー・ソングライターという意識はありませんでした。でも角松さんに「君はシンガー・ソングライターだから」と言っていただけて、ソロでの自分自身が何者であるかをやっと理解できたんです。ただのシンガーでもソングライターでもない、自分はシンガー・ソングライターなんだって。

「東京、午前4時」は普段着の自分に近い楽曲

──今回、角松さんから学べたのはたとえばどんなことでしょう。

浜崎:学べたことがありすぎてひとつには絞り切れませんが、一番思ったのは、角松さんほど歌のお上手な方でもまだ全然納得がいってらっしゃらないし、もっと上手くなりたいという向上心があるということですね。それが一流とそれ以下の違いなんだなと思いました。

──角松さんのボーカルはもちろんですが、情感豊かなギターもまた素晴らしくいいですよね。「バイブル」の最後でギター・ソロがフェイドアウトしていくのがもったいないし、もっと聴いていたいなと思って。

浜崎:私も角松さんのギターはすごく好きです。「バイブル」のギターは、確か私が「こういうギターが好きなんですよ」と何かの曲を角松さんに聴いてもらって、そのテイストを入れてくださったんだと思います。

──今回は『BLIND LOVE』と同時に『フィルムノワール』の完全版という位置付けの『Film noir ultime』が発売されますが、長らく廃盤だったファースト・アルバムを改めて世に問うことにどんな意図があったんですか。

浜崎:単純にスタッフから再発しないかと提案を受けたからですね。当時は当時なりに頑張って作って、会場限定販売で完売して廃盤となって、私としてはまた出すつもりは全くなかったんです。配信だけはしていましたけど、自分の中では完結したものだったので。スタッフからまた出しましょうと言われて、それなら新曲を入れないと個人的に納得できなかったんです。

──「思春の森」の後の3曲の新曲(「FORGIVE ME」、「Maybe Not Love」、「東京、午前4時」)を聴くと、この9年の間にボーカリストとしても作曲家としても格段の成長を遂げたことが如実に窺えますね。

浜崎:まず唄い方が全然違うし、追加の新曲以外はアーバンギャルドに入る前に作った曲が多かったのもありますね。当時は1曲に対して何カ月もかけて作っていたし、なかには「ブルークリスマス」のように1年かけて完成させた曲もあるんです。なぜそこまでこだわったのか自分でもよくわかりませんけど、そういうこだわりが今はいい意味でなくなったんですよ。初めて打ち込みで作ったのが確か「暗くなるまで待って」で、ソロの1枚目だからすごく気合いを入れていたのは伝わりますね。

──いま聴くとそのちょっと前のめりな感じが愛おしく感じますけどね。

浜崎:初期衝動から生まれたものとして受け止められはしますけど、当時の音源を今のものとして聴かれるのは不本意なんです。それで新曲を入れることを再発の条件として挙げたんですよ。結果的に自分の作業が大変になりましたが(笑)。

──「FORGIVE ME」はサビのメロディで「だったん人の踊り」というクラシック(オペラ)の有名曲を引用しているユニークな曲ですね。

浜崎:以前から「だったん人の踊り」がすごく好きで、ポップスに落とし込んで自分なりにやってみたかったんです。ただメロディだけは知っていたんだけどタイトルがずっとわからなくて、自分で検索しても出てこないし、「こういうフレーズがある曲なんだけど知らない?」とおおくぼ(けい)さんに訊いてみたんです。おおくぼさんも聴いたことはあるけどわからなくて、彼が誰かのツアーのサポートで大阪にいる時に空き時間を利用して検索してくれたんですよ。翌々日くらいに「もしかしてこの曲では?」とLINEが届いて、そう! これこれ! と(笑)。

──「Maybe Not Love」はいかにも浜崎さんらしい不器用な恋心を唄った曲ですね。

浜崎:メロディは気に入っているんですけど、アレンジが「ブルークリスマス」っぽくカオスになってしまって、作りながら途中でアチャーと後悔しました(笑)。もっとポップな感じにしたかったですね。自分の趣味に走るとどうしてもこうなっちゃうんですよ。

──『Film noir ultime』の3曲の新曲は、今の浜崎さんなりに『フィルムノワール』の世界観に寄せたんですか。

浜崎:寄せましたね。後から『フィルムノワール』に入っても世界観が崩れない曲でありながら、今の私をちゃんと反映させたものにしようと意識しました。だけど「東京、午前4時」だけはちょっと違いますね。あれは逆に『BLIND LOVE』に自分が寄せた曲です。『Film noir ultime』の中では異色で、一番ポップだと思うんですよ。それでもあえて入れたのは、今の自分がこういうモードであることを伝えたかったし、次のステップがどんなふうになるのか予感させるものにしたかったからなんです。とは言え、次もどうするか何も考えていませんが(笑)。

──今のモードと言うのはさっき話に出た、東京での恋に思い煩う女性の心情を唄うということですか。

浜崎:「東京、午前4時」の歌詞もメロディも自分の中ではけっこう自然体なんですよ。アーバンギャルドみたいに徹底して作り込んだ感じではなく、Tシャツとジーパンみたいな普段着の感覚に近いと言うか。

自身のセクシュアリティを公にして生まれた変化

──なるほど。だけど最後の「押し倒したい…」というワードにはドキッとしますね。

浜崎:角松さんのレパートリーに「OSHI-TAO-SHITAI」という曲があって、そこから勝手に引用させていただきました。「東京、午前4時」は最後の歌詞のサビだけなぜか男性の視点っぽくなっているんですよね。それまでは女性の視点だったはずなのに。そこが自分の中の二面性と言うか、女々しい恋ができないドライな自分をよく表していると思うんです。ドライではあるけど情熱的なんですよね。口説かれるよりも自分から口説きたいと思うほうなので。

──確かに女性のほうから「帰さない」というフレーズはなかなか出てこない気がします。

浜崎:自分でも書きながら「あれ? ここから主人公が男になってるぞ?」と思ったので、ちょっと恥ずかしいんですよ。自分の本音、本心が意図せず出ちゃったなと思って。

──その部分だけは「誰にでも同じ事言うような女」ではないですものね。

浜崎:そう、変わったんですよ。今でも誰にでも好きだと同じことを言ってますけどね(笑)。だけど自分の中に男性っぽい一面があることを自覚したと言うか、去年、自分がバイセクシュアルであることを公にしたことで、もうそこを隠さなくてもいいとラクになれた部分はあると思います。「東京、午前4時」の歌詞の主人公が途中から急に男性みたいになったのは、自分のセクシュアリティを開放できた、そういう背景もあったんじゃないですかね。

──こうして『BLIND LOVE』と『Film noir ultime』の両作品が揃うことで、浜崎さんのシンガー・ソングライターとしての変遷を図らずも窺い知れる格好となりましたね。

浜崎:そうなんですよね。『BLIND LOVE』は完成までに2年くらいかかっているし、『フィルムノワール』は9年前の作品だし、そこに入っている「暗くなるまで待って」は9年以上前の曲だし、「印象派」に至っては自分が一番最初に作曲した曲なんです。そこに最新の新曲が3曲が加わって、私の今と昔が網羅されたことになりますね。

──『フィルムノワール』では大部分の歌詞を(松永)天馬さんに委ねていたのが、今やご自身でもちゃんと手がけられるようにもなって。

浜崎:最初、自分は歌詞なんて書けないと思って自信がなかったんですね。まわりに天馬というすごく言葉に強い人もいたし、彼と比べられちゃうなと思って。『フィルムノワール』の歌詞も別に天馬にお願いしなくても良かったんですけど、彼以上にいい歌詞を書ける人が当時はいなかったんです。

──歌詞の才能も当初から充分あった気がしますけどね。『フィルムノワール』で唯一浜崎さんが歌詞を手がけた「思春の森」は孤独な女性の心情が詩的に描かれていて、いま聴いても素晴らしいですし。

浜崎:「思春の森」というタイトルは同名のイタリア映画から拝借したんですけど、あの歌詞はビギナーズラックみたいなものだったんじゃないかと思っていて。もともと文章を書くのは好きだったけど、それと歌詞を書くのは別物じゃないですか。「思春の森」の歌詞は確かに自分でもすごくいいなと思いますが、当時はまだ自信がなくて、このクオリティを常に出せるわけじゃないだろうなと思いながら書いた歌詞だったんです。歌詞に関しては徐々に自信をつけて今に至る感じですね。

──『Film noir ultime』にも貪欲に新曲を入れたかったそうですし、曲作りに煮詰まることはそれほど多くないんですか。

浜崎:いや、めっちゃ煮詰まりますよ。だけど作業をし始めるとすごく早いんです。作業に着手するまでの期間が、まわりの人から見ると「こいつは一体何をして生きてるんだ!?」と思われるほどタラタラしているんですよね(笑)。曲を作ろうかなと思い始めてから2週間くらいは「曲作りはどうしたの?」と問い詰められるような期間なんです。その2週間くらいを過ごして「よし、作るぞ!」とギアが入ってからは早いんですけど、2週間くらいの助走期間がないと逆に作れないんですよ。

──でも作家の人でも、書かない時間もまた執筆活動の一環だという話をよく聞きますよね。

浜崎:小説家の方もよく仰いますよね。何もしていないのも創作の時間だって。確かにその感覚に近いのかもしれません。

自信のなさ=向上心の表れ、伸び代がある証拠

──ソロを始めた9年前と比べて理想的な歌詞を書けるようになった手応えはありますか。

浜崎:ありますね。「思春の森」は自分の中でもビギナーズラックとして別格だけど、『BLIND LOVE』の歌詞のほうが全般的にクオリティは高いと思います。「FORGIVE ME」と「Maybe Not Love」の歌詞はあえて『フィルムノワール』に寄せて書いて、「東京、午前4時」の歌詞は最新の私ということもあり今までで一番いいと自分では思っていますが、『BLIND LOVE』の歌詞はどれもすごく気合いを入れて書いたので愛着がありますね。自分では特に「バイブル」の歌詞が好きです。

──だけど面白いですよね。恋愛が苦手なはずの浜崎さんがこんなにもたくさんのラブソングを書き上げているなんて。

浜崎:私はどうも、苦手なことをやらされる星のもとに生まれたのかなと思って(笑)。人前に出るのが苦手なのに人前に出る仕事に就いちゃったし、歌は苦手なのにこうして唄っちゃってるし。でもきっと、苦手なことをやると輝く性分なんだと思います。

──シンガーだけでもない、ソングライターだけでもない、自分はあくまでシンガー・ソングライターなんだという見定めができたのが今回一番の収穫と言えそうですね。

浜崎:自分をシンガーと呼ぶには実力不足だと思っていたし、ソングライターとしてそれほどクオリティの高い曲をポンポン作れているのかなと自信がなかったし、どちらもしっくりこなくて居心地が悪かったんです。どっちかを専業でやれるのか? と自問自答すると、どっちもやれないなと思って。その気持ちはいまだにありますね。

──アーバンギャルドに加入してから12年も経つのに?

浜崎:だけど、その自信のなさは向上心の表れだと思っているんです。自分にはまだ伸び代があると信じているので。

──今回の『BLIND LOVE』のように、AORに通じる大人のポップ・ソングが近年だいぶ少なくなってきたように思えるし、浜崎さんにはぜひそういう洗練された都会的な歌をこれからも唄い続けていただきたいですね。

浜崎:こないだネイルサロンへ行った時、そこのネイリストさんが全く喋らない人だったんです。それで店内の有線をずっと聴いていたんですけど、流れてくるのはラップにちょっと歌を足したような曲ばかりで、それもアーバンギャルドみたいな男女混声ボーカルの曲がすごく増えたなと思って。私がソロでやっているような歌は確かに少なくなりましたよね。私は私で自分とかけ離れたものをやりたいとは思わないし、今さらテンションの高いロックをやりたいわけでもないんですけど(笑)。自分としては、今やっている音楽はテンションがとても自然なんです。まぁ、暗い曲ばかりですけどね。今度のレコ発は『BLACK OR WHITE』というタイトルで、自分の中のダークサイドとライトサイドをお見せしようと思って選曲してみたら、ダークサイドしかないことに気づいたんですよ(笑)。

──ライトサイドがないのも自然でいいんじゃないですか?(笑)

浜崎:ハッピーで平和な曲がほとんどないんですよね。もう衣装で何とかするしかない(笑)。でもそれも私らしいし、レコ発では初披露する曲も多いので、アップデートした浜崎容子を楽しみにしていただきたいですね。

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