ひきこもり 相談まで10年 息子に寄り添う 長崎の72歳女性 家族会の共感に「解放された」

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部屋を見て、母は覚悟して保健所に相談の電話をかけた(写真はイメージ)

 川崎市の児童ら殺傷事件と、東京都練馬区で元農林水産事務次官が長男を刺殺した事件が相次いで起こり、ひきこもりに社会の関心は高まっている。全国で家族からの相談が増える一方、第三者に支援の手を求めるハードルはいまだに高い。ひきこもった息子に25年以上寄り添い続ける長崎市内の母親(72)に、これまでの葛藤を聞いた。

 いつかまた就職してくれると思っていた。しつけができない母親だと思われたくなかった。そんなかすかな期待と自尊心を抱えてきた。長崎市の田中夕子さん=仮名=は、保健所に相談しようと電話の受話器を握っては放し、置き戻してはまた手に取った。「もう、家族だけでは手に負えません」。初めて出したSOS。ひきこもりから10年越しの告白だった。

 「仕事を辞めて帰る」。1993年春、田中さんに長男から電話がかかった。広島の半導体会社に就職してわずか1年弱。息子は辞職の理由を語ろうとせず、1カ月後には自宅の部屋に閉じこもってしまった。

 当初は深刻に捉えていなかった。息子はまだ19歳。悩みは一時的なもので就職先は他にいくらでもある。他の娘2人は実家を出て社会と接している。「いい会社は見つかったの」「どうして仕事を探さないの」。何度も尋ねてみたが、そのたびに息子はふてくされた態度で自室に向かった。

 夫婦で口を開けば何かとけんかに発展した。夫には「お前のしつけが悪かったんだ」と責められた。ストレスで食事がのどを通らず体重は激減。夜も眠れなかった。「戦場みたいな毎日」。精神科にも通った。5年が過ぎると、家族の会話はほぼなくなっていた。

 田中さんのきょうだいの中に、ひきこもり当事者がいる他の家庭はない。長年、ひきこもりの息子と暮らす母親の気持ちなんて、誰にも共感されないだろうと考えていた。親戚にも友人や職場の同僚にも相談できない「家族だけの秘密」。再就職の望みは徐々に薄れていたが、全て時間が解決してくれると信じたかった。それに息子が暴力を振るうことはなかった。

 「どうせ私だけが悪いんだ」。そんな気持ちで過ごしていた2003年のある日。田中さんが長男の部屋に入ると、床はビールや日本酒の瓶であふれていた。ストレスを酒にぶつけていた。アルコールに溺れていく姿にさすがに「危ない」、家族だけでは何も変わらないと悟ったという。「まずはアルコール依存を絶たなければ」。覚悟を決めて電話をかけた。長崎市保健所の職員はすぐに、ひきこもりの家族会を紹介してくれた。見知らぬ人には悩みを打ち明けやすく、共感してくれることがうれしかった。「重荷はなくなり解放された」。親目線で一方的に子を否定していたこと、ひきこもりに特効薬がないことに気付かされた。

 息子は今年40代半ば。ひきこもりは今も解消されていない。でもあの時、相談の第一歩を踏み出していなければ、家族が支えることを諦めていたかもしれない。親と子がそれぞれに見えないストレスを抱え、互いに被害者、加害者となって傷つけ合った可能性もある。事件について田中さんは、ひきこもりの当事者が危険視される偏見を心配すると同時に、家族が相談に踏み出すきっかけになればと願っている。

 田中さんは最近、友人から笑顔が増えたと言われるという。会話が少なかった息子からは、こう声を掛けられた。「お母さん、穏やかになったね」

 ■県ひきこもり支援センター 相談急増も「きっかけ」必要

 全国でひきこもりに関する行政機関への相談が増える中、県ひきこもり地域支援センターでは6月1~15日までに前年同期比3倍超となる15件の電話相談が寄せられた。2018年度の相談件数は44件に止まっており、何か「きっかけ」がない限り相談に踏み切れない実情も浮かぶ。

 15件のうち相談した人の内訳は両親が9件で最多。本人が3件、親戚が2件、隣人が1件。ある両親からは「どう対応していいか分からない」「社会から孤立してしまうのではないか」などと寄せられたという。

 前年同期の相談は4件。同センターは「相談のハードルは高く、相談したくても第一歩を踏み出せない家族はまだまだ多いはず」と分析する。相談者に対してはひきこもり当事者の集う場を紹介したり、家族会につないだりするなどの支援をしている。

 県ひきこもり家族会「花たば」の佐藤正義代表(62)は「親の悩みは、子が抱える悩みと違う。家族が周囲とつながり、悩みを共感したり学んだりすることで、良い方向に進み始めるのではないか」と話している。

 同センターはひきこもり当事者や家族からの相談を受け付けている。対応時間は平日の午前9時~午後5時45分。電話095.846.5115。