【特集】ホンダは「まだ山の1合目」 F1オーストリアGPで13年ぶり勝利

今季初勝利を挙げたフェルスタッペン。表彰台で誇らしげに「HONDA」のロゴを指さした(C)Red Bull

 「劇的な勝負」とは何か? 例えば、プロ野球の「10・8決戦」。1994年10月8日、巨人と中日が相まみえたセ・リーグ最終戦はプロ野球の歴史で初めて同じ勝率で首位に並ぶチームによる優勝決定戦となった。当時は、現在のような「クライマックスシリーズ」はなかったため、この一戦に勝利したチームがリーグ王者の栄誉に浴したのだ。

 結果は長嶋茂雄監督率いる巨人が、槙原寛己、斎藤雅樹、桑田真澄という当時のエース級を惜しみなく投入したことに加え、打つ方でも中日から巨人に移籍した落合博満と入団2年目にして主力に成長しつつあった松井秀喜が本塁打を放つなどして、「異様」とも形容される雰囲気の中行われたこの試合を制した。ちなみに、この試合を放送したフジテレビの視聴率はプロ野球中継で史上最高となる48・8%(関東地区)を記録した。

 もう一例、挙げよう。昨年開催されたサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会で日本にとって初の8強入りを掛けた「ベルギー対日本」。試合は、後半48分に原口元気、同52分に乾貴士がゴールを決め、当時世界ランク3位のベルギーを日本が一時はリードする展開となった。ところが、ベルギーに同点とされ、後半ロスタイムで逆転されるという形で日本にとっては悪夢のような結末となった。あまりに劇的な展開は、日本国民ならずとも感動したのだろう。この試合は、ロシア大会におけるベストバウト(最高の試合)に選ばれた。

▼大逆転

 このように、「劇的な勝負」と呼べるものは勝っても負けても人々に記憶に長く残る、誰もが認める名勝負のことではないだろうか。そして、F1の世界においても6月30日に、同じようなことが起きた。日本のファンが長く待ち望んでいたホンダが勝利したのだ。13年ぶりの優勝はまさに「劇的な勝負」の末、手に入れたものだった。

 今季からパートナーとなったレッドブルの母国であるオーストリアGP。かつて「A1リンク」と呼ばれたコースは現在「レッドブル・リンク」と呼ばれている。ここは高低差が大きいコースで長い直線は少なく、かつ下り坂の先のカーブにオーバーテイクポイントがある関係で、エンジンパワー差が目立たないサーキットだ。そんなコースで、予選はフェラーリのシャルル・ルクレールがポールポジション(PP)を獲得。2番手にルイス・ハミルトン(メルセデス)、3番手にマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が続いたが、ハミルトンは予選中(Q1)に他のマシンのアタックを妨害したとして、3グリッド降格となり、フェルスタッペンがフロントロウからスタートすることになった。実は、フェルスタッペンとルクレールは共に1997年生まれの21歳同士。F1の歴史において一番若いフロントロウという記録を作った。カート時代からライバル同士だった2人。この時点で、すでに「劇的な勝負」のプロローグが始まっていたのかも知れない。

勝利のチェッカーフラッグを受けたフェルスタッペンをガッツポーズで迎えるレッドブル・ホンダのチームスタッフ(C)Red Bull

 そして、全71周の決勝を迎える。スタートで大きなミスをしたのはフェルスタッペンだった。スタートのクラッチセットアップを攻めすぎたのか、マシンは加速せず、一気に7番手に後退、その後8番手まで順位を落とした。さらに1周目にフラットスポットを作ってしまう。「最初のスティントは走りが限定された」とレース後にフェルスタッペンは語った。しかしながら、そのタイヤで5番手まで順位を上げると、31周まで引っ張ってトップグループの中では最後にタイヤ交換をした。これが後の大逆転の布石となっていく。

 ピットイン時に4位へ順位を上げると、トップとの差は12秒9。そこからフェルスタッペンによる怒濤(どとう)の追い上げが始まった。45周を終えた時点で3位セバスチャン・フェテル(フェラーリ)との差は0秒703。ここからベッテルを追い回し、50周目にオーバーテイクに成功する。次のターゲットは2位バルテリ・ボッタス(メルセデス)だ。54周を終えた時点で0秒442と接近すると、56周目に追い抜く。残るは1位を走行するルクレールだけ。ここで、フェルスタッペンがもう一段〝ギアを上げる〟。56周終了時点で5秒004あった差をぐんぐん詰めて、65周を終えた時点で1秒056まで縮める。ここから、同年齢のライバルによるマッチアップが始まった。

 パワーで勝るフェラーリだが、ルクレールはフェルスタッペンより9周早くピットインしている。つまり、タイヤが厳しい状態になっていた。そこを、フェルスタッペンが襲いかかる。2人の戦いは、互いにギリギリの領域を把握しているようで、まるで隙がない。それもそのはず、両者は2012年の欧州カート選手権最終戦の第1レースでもルクレールがフェルスタッペンをコース外に押し出して勝利するなど、ジュニア時代からお互いの走りも癖も知り尽くしているのだ。まるで、カートのように自在にF1マシンを操り、ギリギリの戦いをする。当然、この勝負を見つめる観客のボルテージもどんどん上がっていく。

▼F1に足りないもの

 若き「次世代王者候補」の戦いに決着がついたのは69周目。インを突いたフェルスタッペンが、ルクレールのマシンとタイヤを接触させながらも、コースの幅いっぱいにマシンを走らせ、オーバーテイクして見せたのだ。こうなっては、既にタイヤが厳しい状態にあったルクレールに逆転する余力はなく、勝負は決した。フェルスタッペンは今季初優勝。ホンダは06年ハンガリーGPをジェンソン・バトンが制して以来、13年ぶりとなる勝利となった。

 レース後、フェルスタッペンは「あの接触はレーシングインシデントだった」と語り、「事故ではなく、ちょっとした出来事だ」という認識であることを強調した。一方、ルクレールは「押し出された。だけど、裁定はスチュワードに従う」と語った。

 両者のコメントを聞いて、「逆だな」と感じた。それは、先述の欧州カート選手権最終戦の第1レース、雨のレースを終えた後にルクレールが「あれはレーシングインシデント」と口にしたのに対して、フェルスタッペンは「僕がリードしていたのに押し出してきた」と不満げだったのを思い出したからだ。

優勝トロフィーを掲げるホンダの田辺豊治F1テクニカルディレクター(TD)。その表情は何とも感慨深げだ(C)Red Bull

 ところが、国際自動車連盟(FIA)からの最終リザルトが一向に出てこない。理由は69周目の接触をどう裁定するか。もし、フェルスタッペンに非があったと判断されれば5秒ペナルティーが加わり、勝利は幻となってしまう。レッドブル・ホンダに関わる全ての人、そして全てのファンがやきもきしながら待つなか、約4時間後に出た正式結果は、「レーシングインシデント」。ようやく、フェルスタッペンとレッドブル・ホンダの勝利が確定した。

 レース後、様々な関係者が、このレース、そして2人の戦いを称賛した。マクラーレンなどで活躍した元F1ドライバーのヘイキ・コバライネンはツイッターで「これこそF1にもっと求められているものだ。一つのレースが人の気持ちを動かすんだ」とつぶやいた。そこに込められているのは、こうしたエキサイトするレースこそF1にもっと必要な要素なのだという強い思いだ。F1に君臨する王者・メルセデスも今回はレッドブル・ホンダに脱帽したようだ。ツイッターで「全てを見直して、より強くなって帰ってくる。次のレースに!」と記した。そして、ホンダの八郷隆弘社長は「ついにF1での優勝を果たすことができました。私たちHondaの〝The Power of Dreams”を一つ、体現できました」と喜びにあふれたコメントを出した。

 もしかしたら、今回のホンダの勝利は幻に終わった可能性もある。それでも、多くの人がこのレースを素晴らしいレースだったと語り続けるに違いない。そう。「劇的な勝負」の「肝」はどちらが勝ったかにあるのではない。人々が興奮、感動し、その内容を強く記憶に刻む、そこに価値があるのだ。

 13年ぶりに勝利の美酒を味わったホンダ。結果が全く出ない苦しい状況でも諦めずエンジン開発を進めたことが勝利となって実を結んだ。だから、素晴らしく称賛に値するものだ。しかしながら、山登りに例えると「まだ、1合目」にいるに過ぎない。1980年代後半から90年代にかけて放ったまばゆいばかりの輝きを取り戻すために、これからも懸命に〝登り続ける〟ことを期待したい。

 同時に、フェルスタッペンやルクレールを中心にしたF1に新時代をもたらす「新しい波」にも、ぜひ注目してもらいたいものだ。(モータースポーツジャーナリスト・田口浩次)

オーストリアGPのレース後、喜びを爆発させるレッドブル・ホンダの関係者(C)Red Bull

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