「ジャンヌ・ダルク」追い出した捕鯨業界

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「ビハインド・ザ・コーヴ」監督の八木景子さん=6月30日、山口県下関市

 「マスコミの方は出てください!」。日本が国際捕鯨委員会(IWC)から脱退し、31年ぶりの商業捕鯨再開に踏み出すのを目前にした6月30日、「近代捕鯨発祥の地」として知られる山口県下関市のホテルで捕鯨船乗組員を激励する業界の壮行会の乾杯後、われわれ報道陣は会場から追い出された。退場する人混みの中に、ビデオカメラを手にした女性が着けている「八木フィルム」と記した腕章に目がくぎ付けになった。「あの作品」を撮った女性映画監督ではないかと思い浮かんだのだ―。 (共同通信社福岡支社編集部次長・大塚 圭一郎)

 ▽批判浴びた女性議員「来賓」に

 会場最前列のテーブルにはLGBTカップルのことを「子どもを作らない、つまり『生産性』がない」と月刊誌に投稿して批判を浴びた自民党の杉田水脈衆院議員の姿も。「来賓のセンセイ」が報道陣から詰め寄られ、商業捕鯨へとこぎ出すお祝いムードに水を差す事態を何としても避けたかったのだろうか?

 腕章を着けた女性の「正体」は、私の見立てに間違いなかった。映画「ビハインド・ザ・コーヴ」を監督、制作した八木景子さんだったのだ。私は思わずこう口走った。「日本の捕鯨産業のよりどころとなる映画を撮った八木さんが、なぜマスコミと一緒に追い出されるのですか?来賓として招かれて特別待遇を受けてもおかしくないのに」

 ビハインド・ザ・コーヴは、和歌山県太地町のイルカの追い込み漁を撮影し、2010年に米アカデミー賞を受けた反捕鯨映画「ザ・コーヴ」を検証した映画だ。鯨食が縄文時代から続く日本人の食文化の一部になっていることや、捕まえたクジラを貴重なタンパク源として口にするだけではなく、ひげなどを生活用品として活用するなど大切な資源として活用してきたことを紹介。ザ・コーヴが偏見に基づいた視点から、捕鯨の残酷さを際立たせて描いたのとは対照的に、水産庁にも取材して日本の捕鯨を冷静に取り上げた。

 15年公開されると話題を呼んでカナダのモントリオール世界映画祭に出品され、翌16年には反捕鯨国の米国の主要都市、ニューヨークとロサンゼルスでも上映。さらに、世界の有料加入者数が約1億5千万人に上る動画配信の世界最大手、米国ネットフリックスが配信したのは「日本のドキュメンタリー映画で初めて」(八木監督)という快挙だ。23カ国語で視聴できるとあって影響は世界中に広がった。

 国内外の大学でも相次いで上映会が企画され、米ニューヨークにある名門大学コロンビア大学で今年4月のアースデーのイベントで採用された。当初は教官がザ・コーヴを見せる予定だったが、ネットフリックスで見た学生の要望で“本家”を覆したという。

 ▽「官製映画ですか」

 日本が6月30日にIWCに“三行半”を突きつけて脱退し、7月1日に商業捕鯨を再開する強攻策に突っ走ったのもビハインド・ザ・コーヴと無縁ではない。「捕鯨推進派の政治家と水産庁、捕鯨業界がビハインド・ザ・コーヴの影響力に元気づけられ、商業捕鯨再開へと背中を押した面がある」(水産業界関係者)との指摘もあるからだ。

 実際、自民党が東京・永田町の本部で15年11月に開いた上映会には、「捕鯨の町」として知られる和歌山県太地町を地盤に抱える当時総務会長の二階俊博氏(現幹事長)も駆けつけている。

 日本が提案した商業捕鯨の一部再開と決定手続きの要件緩和を提案したものの、否決された18年9月の南米ブラジルでのIWC総会には八木さんも登場。反捕鯨国の代表団にビハインド・ザ・コーヴのDVDを配って捕鯨国・日本の立場を訴えかけたと聞いていた。

 私が八木さんに「なぜマスコミと一緒に追い出されるのですか?」と疑問を投げ掛けた理由は、ここにある。われわれマスコミが不偏不党と中立公正な立場を軸に取材、報道しているのとは対照的に、八木さんは「捕鯨推進派のジャンヌ・ダルク」と呼ぶべき立ち位置だと私は受け止めていたのだ。それだけに、商業捕鯨再開の壮行会には打って付けの「来賓」であるはずで、だからこそ「特別待遇を受けてもおかしくない」と評したのだ。

 私はここでかねてから抱いていた疑問を八木さんにぶつけることにした。「ビハインド・ザ・コーヴは捕鯨を推進したい日本政府や自民党の後援を受けて製作された『官製映画』で、八木さんは政府の“広告塔”になっておられるのではないですか?」

 私のあまりにもストレートな質問に驚いた様子の八木さんは、「私はそう見られているのですね」とため息をついた。

 ▽閉鎖性とアピール下手を象徴?

 もしも短気な人ならば怒りだしそうな展開だが、さすがは多大な労力と根気強さが求められるドキュメンタリー映画を製作、監督しただけあって八木さんは落ち着いた姿勢を決して崩さなかった。また、真実を追求するジャーナリズムの役割も理解してくれているのであろう。丁寧に、物腰柔らかくこう説明してくれた。

 「ブラジルのIWC総会には自費で行きました。自分でDVDを制作して配ったのです。水産庁と相談はしましたが、キャリア組の方から『IWC総会はストリーミング配信されており、会議を見るだけならば現地に行かれる必要はないはずです』と招待をきっぱりと断られました」

 ビハインド・ザ・コーヴの約400万円を投じた製作費も「父に頼み込んで、お金を出してもらいました」と明かし、政府や自民党からの資金拠出を否定した。捕鯨推進派が上映会のチケットを買って応援した面はあったにせよ、「官製映画」と呼ぶのは行き過ぎだったようだ。

 私は「失礼なことを尋ねてすみません」と頭を下げながらも、食い下がった。「でも、ネットフリックスで世界配信されたのだから、相当高額の収入が懐に入ったのではないですか?」

 その回答はこうだった。「ネットフリックスから口止めされているので、すみませんが答えられません。ただ、一般論としてドキュメンタリー作品の買い取り金額は低いんですよ」。そして、世界的な影響力を発揮したビハインド・ザ・コーヴを「大成功ですよ」と私が持ち上げても、「いや、私の収入という意味では大成功とは言えません」と言い切った。

 欧米の反捕鯨国で根強い日本の捕鯨に対する批判の声をくみ取り、火に油を注いだのがザ・コーヴだった。捕鯨反対の大合唱を浴びてサンドバッグ状態になった日本を窮地から救ったのが捕鯨国の立場を世界に発信したビハインド・ザ・コーヴだ。

 にもかかわらず、捕鯨推進派は下関市で開いた壮行会で、業界の「ジャンヌ・ダルク」と言える八木さんを来賓にも、特別待遇にもせず、われわれマスコミと十把一絡げで会場から途中で追い出した。対照的に、LGBTカップルについて「『生産性』がない」と決めつけて国内外から批判を浴び、日本の国際的評価を低下させたと言っても過言ではない杉田議員を「来賓」としてもてはやしたのは、何という皮肉であろうか。この光景は、国際的感覚が乏しい閉鎖性と、アピール下手な業界体質を象徴しており、そうした体質こそが日本の捕鯨文化への国際理解を妨げてきた一因と受け止めるのは私のお門違いだろうか?

壮行会に出席した杉田水脈衆院議員(右)=6月30日、山口県下関市