カネミ油症51年 「この傷が油症の証拠」 半世紀経て初受診

油症検診で耳の裏や尻などの吹き出物について医師に話す木本武明さん(仮名、右)=五島市奈留町

 1968年に発覚したカネミ油症事件。10日、長崎県五島市の奈留島で、被害者の健康状態を調べ油症認定にもつながる検診が開かれ、未認定患者は23人が受診。このうち6人は初めて受けた。その1人、同島に暮らす木本武明さん(66)=仮名=は、吹き出物など体の不調を抱えながらも半年前までは自分が油症と思わず、救済と無縁の世界で生きてきた。「50年間、何も知らずに痛みに耐えてきた。認定されないかもしれない。それでも俺は被害者なんだ」

 尻全体には今も吹き出物やその痕が広がっている。診察した医師は少し驚いた様子で言った。「ああ、結構ありますね」。武明さんは「もぐらたたきみたいに次々と出てくる」と険しい表情。背中、首筋、手足の爪-。医師が所見をカルテに書き込んで診察は終わった。武明さんはつぶやいた。「この傷痕が油症の何よりの証拠だ」
 51年前、中学3年だった武明さんは、島の小集落に両親やきょうだいと6人暮らし。親戚の女性が営む近くの商店で、問題の食用油を買った。中学卒業後、尻や太ももなどに7~8センチの吹き出物がいくつもでき、激痛が襲った。顔や背中に黒いにきびが現れ、ひどい倦怠(けんたい)感もあった。油症の典型的症状だが、診察した医師は「体質」と断言。集落にも同じ油が出回ったが、住民は偏見を恐れて口をつぐんだ。集落の認定患者はゼロ。武明さんに検診を勧める人もいなかった。
 半世紀が経過し武明さんは昨年冬、市の広報誌の油症特集に、昔買った油の一斗缶と同じ缶の写真が載っているのを見つけ、油症の可能性に気付いた。かつて同じ集落に住んでいた親戚数人に症状などを聞いて回る中、食用油を売った商店を営んでいた女性の孫、木本政一さん(61)=仮名=が「吹き出物ならいくらでもある」と答えた。政一さんも自分が油症とは考えていなかった。
 政一さんは小学6年生のころから顔や頭皮、首筋、背中などに黒いにきびがびっしりと広がり、皮がむけた。尻にも大きな吹き出物が現れ、痛くて椅子に座れなかった。現在も、切開が必要なほどの吹き出物ができ続けている。息子にも同じような皮膚症状が現れ、心配だという。
 「『油症』は無関係な言葉だった」。かつて同じ集落に暮らした武明さん、政一さんは口をそろえる。その集落は、今も油症認定された患者が一人もいない。
 病院の医師にも、島に油症の情報をしっかりと伝えなかった行政にも2人は怒りを感じている。武明さんは言う。「体から有害物質は出てしまったかもしれないが、こんなひどい事件に苦しめられたと分かった今、なかったことにはできない」
     ◆ ◆ ◆ 
 県によると、県内の油症検診で過去5年の未認定患者の初受診者数は▽2014年19人▽15年10人▽16年22人▽17年11人▽18年15人。カネミ油症被害者五島市の会の岩村定子副会長(69)は「半世紀がたっても自分の被害に気付かなかったり隠したりしてきた人がこれだけいるということ。認定を急いでほしい」と話す。

© 株式会社長崎新聞社