「サッカーコラム」J1・FC東京の永井謙佑は「30にして覚醒」する

FC東京―G大阪 前半、同点ゴールを決め、雄たけびを上げるFC東京・永井=味スタ

 連日にわたって南米選手権の試合を見ていたからだろうか、周囲ではJリーグのチームを南米の国に例える友人が増えている。J1で首位を走るFC東京は、さしずめウルグアイだろう。堅固な守備と強力2トップを擁しているからだ。

 守備を基盤にしたカウンターで得点を狙う。この種の戦術を得意にするチームの試合は、往々にして退屈なものが多い。ところが、最近はFC東京の試合が楽しいのだ。その要因は、約1カ月前なら久保建英という新しいタレントの存在だった。しかし、その久保はスペインに旅立ってしまった。そうなると、昨年のような「ガチガチ」のつまらないチームに戻るのだろうか―。そう心配していたが取り越し苦労に終わった。別の種類の楽しさで見る者をひきつけているのだ。新たな興味の対象は、サッカー選手としては「古株」に属する30歳を超えたタレントが見せている予想しなかった覚醒だ。

 “野人”の異名で親しまれた岡野雅行さんは、ボールを扱わずとも走るだけでスタジアムをわかせることができるまれなサッカー選手だった。令和の時代になって、岡野さんと同様の特殊な才能を持っているJリーガーとして、真っ先にその名が挙がるのがFC東京の永井謙佑(30)だろう。もちろん、岡野さんを基準にすればボール扱いはかなりうまい。それでも持っている圧倒的な速さに比べれば、技術的には満足できない場面も少なくない。

 幼いころから圧倒的なスピードを備えている選手で、自在のボールテクニックも身につけているというのはまれだ。スピードで相手をぶっちぎってゴールを決めるサッカーで年を重ねてきたからだ。もちろんスピードがある上に、ボール扱いが巧みなら言うことはない。ただ、そんな選手は世界中を見渡しても、そういるものではない。

 プロだから、何でもできなければいけないというわけではない。スピードが武器の選手は、サイドだったらクロスが、FWだったらシュートがうまければ、最小限の技術でも生き残れる可能性がある。もちろん、選手を起用する監督の要求を満たすのが前提なのだが…。いわゆる「職人芸」と評される選手は、突出した特徴で他の劣る技術をカバーする。スピードもその種の特徴といえるだろう。

 永井の変化は、いつ起きたのか? それを言い切ることはできない。ただ、日本代表として出場した6月9日のエルサルバドル戦が一つのきっかけになったことは間違いない。同じスピード系のJ1札幌・鈴木武蔵が故障したことで、日本代表に追加招集された。約4年ぶりに「青いユニホーム」に袖を通して、自らの代表初ゴールを含む2得点を決めたのが永井に何かをもたらした。

 「FWで(代表に)選ばれて入ったという彼の自信が、代表から帰ってきてから非常に見られる」

 2得点1アシストと全得点に絡んだ7月7日のJ1第18節・G大阪戦。試合後の公式会見で長谷川健太監督は、永井の変化をそう語った。

 相手守備ラインの背後に飛び出して、GKとの1対1に持ち込んでからシュート―。永井の得点パターンと聞いて、周囲が抱くイメージはこれまでよく言えば「シンプル」、意地悪く表現すると「単調」なものだった。ところが、G大阪戦での2得点は共に点取り屋ならではのDFとの駆け引きを披露してみせた。1点をリードされた前半38分、左サイドでナ・サンホがドリブルを仕掛けたとき、永井はあえてゴール前に飛び込まずに「待ちの姿勢」を見せた。自らのシュートスペースを空けるためだ。ナ・サンホのクロスは相手DFに当たってそのスペースにこぼれた。

 「(ボールを)たたけば(GKの)タイミングがずれて入るかなと思った」

 浮き球を地面にたたきつけた左足ボレー。そのシュートを打てる時間とスペースは、自らの予備動作で作り出したものといえた。

 さらに2分後には、今度は186センチと長身のDF金英権に競り勝ってのヘディングシュートだ。この直前にも見事な駆け引きがあった。左からナ・サンホがクロスを入れる直前まで永井は金英権の背後のポジションを取った。そこからいきなり前に躍り出てきたのだからマークのしようがない。前にさえ入ってしまえば、8センチ低い178センチの永井であっても身長差は関係なくなる。ヘッドでそらされたボールはゴール右隅に鮮やかに飛び込んだ。

 抜群のスピードを生かそうと、これまでの所属チームではサイドで起用されることも多かった。それが長谷川体制になった昨年からポジションが本来のポジションであるFWに固定された。

 「謙佑は人がすごく良いので、抜け出してシュートを打てばいいのに、人にパスを出してしまうのが昨年までたびたびあった。もっとゴールに向かってプレーしようと…」。

 自身もFWとして活躍した長谷川監督は永井にそんなアドバイスを送ったという。そして、永井の考え方がストライカーぽくなってきたと語った。30歳の意識改革だ。

 直近の2試合で3得点3アシスト。6点への絡み方も、じつに多彩だ。その永井に報道陣から「いまはシュートを外す気がしないのでは?」との質問が飛んだ。

 「そこまではないですね(笑)」。

 いかにも人の良さそうな笑顔をでそう答えたJリーグ屈指の韋駄天(いだてん)。だが、口調は試合で見せるスピードとは対照的になんともゆったりとしている。そこだけは以前とまったく変わりがない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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