冨安が加入したボローニャってどんなクラブ?

日本代表DF冨安健洋のボローニャへの加入が正式に決定した。セリエAのボローニャとはどんなクラブだろうか?

北部の由緒ある街

イタリアは長靴に例えられる南北に長い形をしている。ボローニャは北部・エミリア・ロマーニャ州の州都であり、クラブもそのボローニャに位置する。なお、こだわりをもって発音するとgnaはンニャに近い。つまり「ボロンニャ(Bologna)」とも聞こえるため、こだわりのイタリア料理店に行くとそのような表記の場合もある。

歴史と伝統のある町でマッジョーレ広場を中心に、サン・ペトローニオ聖堂、ネプチューンの噴水など歴史的建造物も多い。

パスタの一種である「ボロネーゼ」はボローニャ発祥だ。グルメな街であることも知られ、日本でも原宿の「エミリア」という有名なイタリアンではその地方の料理を食べることができるが驚くほどにおいしい。

日本人ではかつて中田英寿が在籍したので二人目となる。

ボローニャFC

1909年に設立されたボローニャはセリエAで7回優勝を誇る古豪である。1990年代のセリエA黄金期でも中堅クラブとして存在感を発揮、同時期に活躍したパルマやヴェネツィア、ペルージャといったクラブが次々と経営難から破産を経験するのに対して、ボローニャは経営権を移すことで乗り越えてきた。

現在は、アメリカのジョー・タコピーナとカナダ人のジョーイ・サプートによるBFC 1909 Lux Spv SAグループが管理し、サプートが会長を務めている。モントリオール・インパクトのオーナーもサプートで、モントリオールにはサプート・スタジアムがある。

青と赤のチームカラーが印象的でロッソブルーの愛称で知られている。2018-19シーズンの順位は10位、近年では2011-12シーズンの9位に次ぐ好成績である。しかし、失点は56とむしろ一昨年より増えており得失点差も-8、更なる飛躍のために富安は補強されたと考えるべきだろう。

不思議な魅力

ボローニャというのは不思議な魅力のあるチームだ。プレッシャーが減るからだろうか、かつてロベルト・バッジョ、ジュゼッペ・シニョーリといったベテランのストライカーがこのチームに加入しそしてまた旅立っていった。

ほかにも、シニョーリとは凸凹コンビで知られたスウェーデン代表FWケネト・アンデション、アルベルト・ジラルディーノ、マルコ・ディ・ヴァイオら名だたるストライカーが在籍した。バッジョのように前所属クラブで不遇や不調だった選手がボローニャでは活躍した。現在では30代後半になったロドリゴ・パラシオがインテルより移りベテランの意地を見せている。

そのため、ベテラン選手の再生工場と呼ばれ、実際選手たちは住みやすい街で快適にプレーしやすい環境であることを口にすることが多い。

マルコ・ディ・ヴァイオが晩年モントリオール・インパクトに在籍し、その縁もありサプートらが買収を進めた。ディ・ヴァイオはクラブのマネージャーとしてチームに復帰。彼はボローニャを離れる時に「必ず戻ってくる」と宣言したがその約束を果たした格好だ。

冨安の出番はあるのか?

気になる冨安の出番だが、当然競争は熾烈だ。すでに、同じセンターバックをクラブ・ブルッヘよりステファーノ・デンスウィル、キエーヴォよりマッティア・バーニを獲得しており、既存の選手と合わせると10人近い中からレギュラー争いに挑まなくてはならない。

しかも、監督のシニシャ・ミハイロヴィッチは4バックを選択することが多く、ボローニャでも4-2-3-1を主に選択している。となると、枠は2枠となる。昨シーズン冬にローンで獲得しレギュラーだったリャンコはトリノへ帰ったが、まずはミハイロヴィッチが望む高いDFラインの保持と自分たちから能動的に仕掛けられるサッカーに適応するためには空中戦での対応だけでなく足技も求められるであろう。

マルコ・ディ・ヴァイオはかつてイタリア国内の講演でこう述べていた。

「サッカー選手の1年は普通の男性の5年ぐらいの速さで変化する」

来年の7月に冨安はどのような成長を見せてくれるだろうか。これからも見守っていきたい。

(画像は町並みのみ写真ACより。それ以外はgettyimagesによる)

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