猫の殺処分減へ、不妊手術に懸命 年間5千件執刀の獣医師

猫の不妊手術をする「いながき動物病院」の獣医師稲垣将治さん=5月、埼玉県越谷市

 野良猫のむやみな繁殖を防ぎ、殺処分や地域のトラブルを減らしたい。そんな思いで飼い主のいない猫の不妊去勢手術を年間約5千件手掛ける動物病院がある。埼玉県越谷市の「いながき動物病院」だ。今年は猫の引き取り先を探す保護猫カフェの運営も始めた。院長の稲垣将治さん(35)は「不妊手術をするだけで、たくさんの問題を解決できる」と訴え、多くの獣医師や住民に活動への参加を呼び掛けている。(共同通信=沢田和樹)

 ▽猫1匹が2千匹に

 5月下旬、いながき動物病院には猫の入ったケージ約30個が所狭しと並んだ。稲垣さんと妻の桃子さん(33)ら獣医師4人が、ボランティアの手を借りながら手術をこなしていく。「野良猫は術後に調子が悪くなっても気付いてもらいにくい。手術の傷は極力小さく。飼い猫より気を使います」と稲垣さん。2014年の開業以来、手術は増え続け、今年は6千件に達する勢いだ。

 稲垣さんは「手術される猫がかわいそうという人もいるけど、生まれてどんどん死んでいく猫がいることを知ってほしい」と言う。繁殖期に持ち込まれる野良猫は妊娠していることも多い。「手術後の子宮で冷凍庫がいっぱいになる。猫ブームの負の側面ですよ」

 野良猫は繁殖力が高い。環境省によると、計算上は猫1匹が出産すると3年後に2千匹まで増えるという。住民から餌をもらって元気になった野良猫はなおさらで、増えた猫の鳴き声やふん尿はトラブルの元になる。餌をあげる猫好きの人と猫嫌いの住民でけんかになることも少なくない。

 同省によると、17年度に殺処分された猫は約3万5千匹で、そのうち約6割が子猫。生まれてすぐに殺処分されたり、体力がなく死んでしまったりする猫は多い。

 そんな中、野良猫を捕獲(Trap)し、不妊去勢手術(Neuter)をした上で元の場所に戻す(Return)という「TNR」活動が盛んになっている。元の場所に戻した後は、餌をやる場所などのルールを決め、住民や行政が地域ぐるみで「地域猫」として面倒を見ることを目指す。手術後の猫は目印として耳先をV字に切られ、その形が桜の花びらに見えることから「さくら猫」とも呼ばれている。

 いながき動物病院の猫も、この活動の一環でボランティアらが持ち込む。手術費は持ち込んだ人が負担するが、同病院では手術を受けやすくするため、相場の半分以下の約4千~5千円で請け負っている。自治体や団体の助成金を使えば格安になる形だ。福島と茨城、千葉に分院があり、出張手術にもあたるほか、野良犬の多い地域では犬の手術にも携わる。

 また、飼い猫が繁殖しすぎて世話をできなくなった多頭飼育崩壊の家で手術することも。ふん尿のにおいが充満する環境で、飼育放棄された猫は衰弱していることも多い。不妊手術をしていれば防げた問題だ。

 開業1年目は千件に満たなかった手術が「これ以上増えると体が壊れそう」と言うほどになった。担い手不足解消のために力を入れるのが獣医師の育成だ。千葉県市川市の梁瀬恵美さん(61)も、いながき動物病院で学ぶ1人。獣医師免許を持つが、子育てなどが生活の中心で活用できずにいた。梁瀬さんは「やっと獣医師らしいことができる」と笑顔で話した。

 稲垣さんは「やる気はあるが技術がない。そういう人をどんどん受け入れたい」と力を込めた。

 ▽保護猫カフェさくら

 手術後の猫は元の場所に帰されるが、けがをしている猫や譲渡先がすぐに見つかりそうな猫を自分で保護するボランティアも多い。結果、積極的に猫を持ち込む人ほどたくさんの猫を世話する負担を抱えてしまう。

 稲垣さんらは5月、そんな猫の飼い主を探す場を提供し、ボランティアの負担を軽くしようと、越谷市内に「保護猫カフェさくら」を開いた。へその緒がついた状態で産み落とされた猫や、殺処分直前で保護された猫、けがで足を1本失った猫など、さまざまな背景を持つ猫が「さくら」にやってくる。

埼玉県越谷市にオープンした「保護猫カフェさくら」の稲垣桃子さんと猫=5月

 桃子さんが店長を務め、ボランティアの支援を受けながら運営している。桃子さんは「病院と店で休みはないけど、猫と一緒にいられるので毎日休みのようなもの」と笑う。獣医師が関わるため、猫の体調不良にすぐ対応できるのが利点だ。

 客は自分に合う猫を見つければ引き取ることができる。ただし、譲渡までの飼育費や手術費を含む4万円の負担に加え、自宅の確認や面談も必要だ。手間の掛かる手続きにしているのは、大切に飼ってもらえるかどうか確認する意味がある。

 桃子さんは「いずれはカフェの一室で公開手術をし、お客さんに見てもらいたい。なぜ手術が必要なのか、啓発にもなると思う」と語った。

 都内で保護猫カフェを運営し、これまで約7千匹を譲渡してきたNPO法人「東京キャットガーディアン」の山本葉子代表(58)は「不妊去勢手術を頑張る動物病院が猫カフェを運営するというのは、一つのポイントになると思う」と言う

 動物への愛情があっても経済的な問題で立ちゆかなくなる保護猫カフェをたくさん見てきたというが、「さくら」は病院という経営の下支えがある上、「『どうせ保護猫カフェに行くなら、こちらに行こう』と思わせるアピールの仕方ができるのではないか。協力したい人も多いだろうから、定期的にイベントをやるなどして、ぜひ継続させてほしい」と期待した。

埼玉県越谷市にオープンした「保護猫カフェさくら」の猫=5月

 ▽「問題の敷居低く」

 猫と犬の殺処分はこの10年で大幅に減ったが、自治体から猫や犬を引き取る動物愛護団体の力に頼っているのが実情だ。団体がたくさんの動物を抱え、飼育崩壊に陥る例もある。稲垣さんは「殺処分減少に見合うほど世の中の変化は感じない」と言う。野良猫に餌をあげる人や猫を捨てる人、虐待する人がいる中、野良猫のトラブルや殺処分、多頭飼育崩壊といった問題は簡単に解決できない。

 ただ、少しでも前進させるには、猫の繁殖力や不妊去勢手術の重要性を知ってもらう必要がある。稲垣さんは行政と連携し、役所の敷地内で手術をするなどして地域住民に手術の意義を伝えようとしている。講演会で話し、より多くの獣医師に活動への参加も呼び掛ける。「問題に関わる敷居を低くし、参加する人を増やしたい。多くの人が自分のできる範囲で動けば、解決へ向かうと思う」。今後も病院やカフェでの活動を通じ、積極的に情報を発信していく考えだ。

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