江ノ電の今

鎌倉高校前駅近くの踏切。車と多くの人で混雑している。電車は江ノ電の現役車両で最も古い300形

 子ども新聞向けの企画「ローカル線でいこう!」で、江ノ島電鉄(江ノ電)を取り上げることになった。しかし、観光パンフレットではないので、江ノ電の今を感じさせるような記事を書きたい。そこで、江ノ電にも押し寄せているという外国人旅行者をターゲットに取材することにした。

 週末、鎌倉駅から江ノ電に乗り込んだ。4両編成の車内は人でいっぱいで、そこかしこから中国語とおぼしき言葉が聞こえてくる。長谷駅でその一部が降りたが、その次に多くの中国人とみられる人が降りたのは、目の前に海が広がる鎌倉高校前駅だ。

 向かうのは近くの踏切。人だかりがしている。「Where are you from?」とつたない英語で話しかけると、「China!」と返事が。さらに聞くと、「上海」「北京」「香港」などの答えが返ってきた。

 その目的を尋ねると、「Slam Dunk(スラムダンク)」という一言が。そう、ここはバスケットボールのアニメ「スラムダンク」のオープニングに使われた所で、それを目当てにはるばると中国から多くの人が訪れているのだ。

 しかし、ここの踏切は、海沿いの国道から入って線路を渡るとすぐに二手に分かれていて、その三方のいずれの道路からも意外に進入してくる車が多い。小さな踏切に多くの人だかりと三方から入ってくる車が入り乱れ、非常に危ない状態だ。

 なので、警備員が配置されている。聞けば、鎌倉市から委託されて、土日など混雑が予想される日中に交代で交通整理をしているという。「道路に出ないでください」と中国語で書かれた看板を手に、笛を吹きながら人と車をさばいている。

 この踏切の混雑状態は、江ノ島電鉄にとっても頭が痛いようで、記事にこれを取り上げようとしたら、旅客課の担当者から「できれば取り上げないでほしい」と言ってきた。さらに「警備員は鎌倉市と江ノ島電鉄が共同で委託しているので、そのように書いてほしい」という。相当神経質になっている。このことは今の江ノ電を象徴しているように感じた。

 江ノ電は、このところの観光客の急増により、地元住民からは「混雑がひどくて乗れない」といった苦情が寄せられるようになったという。混雑するのは特にゴールデンウイーク(GW)で、鎌倉駅の改札に入りきれない乗客が列をなし、時には1時間近く待つこともあったらしい。

 鎌倉市は、こうした状況に対し、沿線住民を列に並ばせず優先的に乗車させる社会実験をGWに実施している。今年も5月3~5日行われ、事前に証明書を入手していた住民計136人が優先的に乗車したという。

 江ノ電の年間輸送人員は、今や1900万人を超えている。もはやローカル線とは言えない状況だ。利用客減少にあえぐ地方のローカル線にはうらやましい限りだろうが、今回の取材のような状況を間近で見ると、江ノ電の本来の姿ではないように感じてしまうのもまた事実だ。

昭和50年1月、鵠沼鉄橋を渡る300形。鉄橋に現在のようなガードがなく、線路がむき出しになっている

 私は40年以上前の小学生から中学生のころ、藤沢に住んでいた。家々の軒先をかすめるようにして走り、大きなモーター音を響かせて進むその姿に親しみを感じたものだ。1960年代には一時廃線の危機もあったというが、そのころは乗客も増えてきていて、そして何より住民とともに存在していた。今は、江ノ電も洗練され、さまざまな型の車両も造られて多くの観光客を乗せて行き来している。

 観光客が殺到し、地元住民と軋轢を生じている、というのは江ノ電に限ったことではなく、東京五輪を控えてこうした傾向は今後あちこちで増えるものと思われる。鎌倉市による社会実験は、その一つの解決策を示しているのかもしれない。

 昭和、平成、令和と、その時々の時代の波に翻弄されてきた江ノ電を見てきて、鉄道とは誰のためにあるのだろう、そんなことを考えさせられた。

 ☆吉野克則 共同通信社子ども新聞編集チーム

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