【くまもと五輪】末續慎吾(上)「北京」陸上男子400リレー銀メダル 葛藤と追求、つかんだ快挙 

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北京五輪陸上400メートルリレーの銀メダリストで、現役にこだわって調整を続ける陸上男子の末續慎吾=6月13日、神奈川県平塚市の「Shonan BMW スタジアム平塚」(高見伸)

 陸上男子100メートル。2017年、桐生祥秀(当時東洋大)が9秒98をマークし、日本選手として初めて10秒の壁を突破した。そして今年6月、サニブラウン・ハキーム(米フロリダ大)が9秒97で疾走し、0秒01更新した。活況を迎えた日本短距離陣。その先駆者として「世界」にくさびを打ち込んだのが末續慎吾(イーグルラン、九州学院高出)だ。03年の世界選手権200メートルで3位に入り、日本短距離で初のメダルを獲得。同年には、いまも破られていない日本記録20秒03を樹立した。その200メートルでもサニブラウンが20秒08を記録し、後進の足音が迫る。15年間止まっていた時計の針が動くかもしれない。

 「あっという間に抜かれるだろう。更新された時、心に抱くのはセンチメンタルな感情ではなく、悔しさ。それは自分がまだ現役だから」

 00年のシドニー、04年のアテネ、08年の北京と五輪3大会を駆け抜けて10年余り。それでも39歳に「引退」はない。

 「イチローさんが米大リーグから退く時に言った。『求められなくなったらやめる。でも草野球はやる』。かつての僕は先頭を走ることが全てだったが、いまは違う。走って表現することは、まだたくさんある」

 北京五輪は400メートルリレーでエース区間の2走を快走。チームは銅メダルを獲得した。だが、個人種目の200メートルは1次予選敗退に終わった。

 「20代最後のオリンピック。シドニーから始まったストーリーを完結させるつもりだった。でも、実際には『そもそも俺走れんのかな』と思うぐらい体の自由が利かなかった。リレーも1走(塚原直貴)と3走(高平慎士)が力を出せるよう、つなぎ役に徹しただけ」

 北京五輪後に「長期休養」に入った。自分と周囲の「求めるもの」の間でもがいていた。

 「(1年前の07年世界選手権の)大阪大会ぐらいから自分に妙なものを課していた。『100メートル9秒台』『200メートル19秒台』。ファンが食い付き、分かりやすい言葉を求められていた。でも、僕らはエンターテイナーではない。いろんな思いがあって走りは存在している。結果より過程に光を当てなければ意味はない」

 北京五輪から持ち帰った銅メダルは、1位ジャマイカのドーピング違反で銀に変わった。日本の陸上史に輝く栄誉になったが…。

 「あまりうれしくない。周囲の期待は、タイムや順位など分かりやすい価値観へと向かう。『期待に応えられなければ負け』という思いが、(ジャマイカのように)ドーピングに向かわせる。勝ち負けだけなら動物を競わせればいい。人は考える生き物だ。メダルの色の変化はスポーツマンシップらしからぬ展開から生まれただけ」

 一方で、快挙をたたえる声やバトンをつないだ仲間の喜びを受け止めたい思いもあるのではないか。

 「葛藤を抱え、追求したからこそ、本物の価値観が見える。北京から11年間、自分は正直に走ってきた。メダルはご褒美みたいなものかもしれない」(佐藤公亮)

 ◇すえつぐ・しんご 1980年6月2日生まれ、熊本市出身。九州学院高から東海大に進み、同大学院修士課程修了。98年神奈川国体少年A100メートルで1位、2002年釜山、06年ドーハの両アジア大会では200メートル優勝。日本選手権の200メートルは01年、03年、06年、07年と4度制した。03年に記録した100メートルの10秒03は日本歴代6位。ミズノなどを経て、1月に神奈川県平塚市を拠点とする陸上クラブ「イーグルラン」を創設した。身長178センチ、体重67キロ。