ハイ・ファイ・セットを支えたアーバンマエストロ・新川博 1978年 11月20日 ハイ・ファイ・セットのアルバム「Coming Up」がリリースされた日

今日2019年7月26日は、編曲家・ピアニスト新川博さん64回目の誕生日。1986年5月に1986オメガトライブのデビューシングル「君は1000%」をテレビで聞いて以来、オメガトライブにどハマりした私にとっては、1986オメガトライブ、カルロス・トシキ&オメガトライブを通してほとんどの楽曲アレンジをしていた新川さんはオメガトライブのイメージが強かった。

イベント企画・運営グループ「ケモノディスク」で2017年9月に新川さんを招き『シティ・ポップのゆくえ ~1988年のオメガトライブ~』を開催したのがきっかけで、新川さんが手がけた様々な楽曲を聞くようになった。

ハイ・ファイ・セットの楽曲も数多くアレンジしていて、1978年発売のアルバム『Coming Up』を皮切りに、1979年『閃光』、1984年『Pasadena Park』、1986年『Sweet Locomotion』、1987年『Gibraltar』、1988年『Eyebrow』、1990年『White Moon』など、70年代後半から90年代初頭にかけコンスタントに楽曲制作に携わっている。

ハイ・ファイ・セット解散後ソロになった山本潤子さんとも仕事をしているので、ハイ・ファイ・セットは新川さんの音楽キャリアを通じて、一番縁が深いグループということになるだろう。

それもそのはず、新川さんが20歳でプロデビューしたきっかけはハイ・ファイ・セットのツアーサポート。松任谷正隆、松原正樹などがメンバーだったハイ・ファイ・セットのバンド「ガルボジン」が吉田拓郎のツアーに約1ヶ月同行するため、学生時代にドラムの青山純、ベースの伊藤広規らと組んでいたバンド「マジカル・シティ」が代役として抜擢されたのだ。

新川さんが手がけたハイ・ファイ・セットのアルバムを時代順にざっと振り返ってみる。『Coming Up』はそれまでの制作陣から一変し、若手だった新川さんがアレンジャーに抜擢され全曲をアレンジしている。9曲目「夜空を南へ(WE ARE FLYING)」から10曲目「冬の海」への流れがとても好きだ。作曲も手がけている「冬の海」はとても美しいストリングスが印象的で、その静謐な雰囲気は2000年に発売された新川さんのソロアルバム『Primalroots』収録の「黄昏」を思い出させる。音楽家としての新川さんの個性がよく現れた一曲だと思う。尾崎亜美作詞・作曲の「流れ星」から山本俊彦作曲「ミッドナイト・エンジェル」への流れも素晴らしい。

『閃光』は音楽ファンの中で評価の高いアルバム。ユーミン・尾崎亜美・小田和正・佐藤健などが楽曲提供。村上ポンタ、大村憲司、斎藤ノブなどが演奏参加している。ハイ・ファイ・セットのメンバーが作詞・作曲した「よりそって二人」、ユーミン作詞・作曲の「最後の春休み」などエバーグリーンな名曲が多い。

ハイ・ファイ・セットはその後4ビートジャズに傾倒し、新川さんは一度制作現場を離れるが、1984年発売のシングル「水色のワゴン」から再びアレンジをするようになる。『Sweet Locomotion』では表題曲はじめ、「Do You Remember Me?」、「Elevator Town」、「June Flight」4曲をアレンジ。新川さんが手がけた曲はブラスアレンジが素敵なものが多いが、「June Flight」もイントロからゴージャスなブラスが入っていてテンションが高まる。

新川さんに「ブラスアレンジはどうやって習ったんですか?」と聞いたことがあったが、「高校生の時にブラスバンドでトロンボーンをやっていたので、その時になんとなくは分かった。後は独学」ということだった。

1987年4月発売の『Gibraltar』はそれまでとはだいぶイメージを変え、打ち込みを前面に押し出した80年代後半らしいサウンド。オメガトライブで新川さんを知った私にとっては馴染み深い音色になっている。

1曲目の「Ceramic Smile」はシンセベースを効かせたエッジの尖ったアレンジ。イントロではサンプリングの手法も使われている。デビューしたばかりの楠瀬誠志郎が作曲した「夏のフィオーレ」は、シタールを思わせるイントロが印象的。エキゾチックなアレンジで、夏の昼下がりに聴きたくなる一曲だ。

サウンド・プロデューサーとして参加した『White Moon』では7曲をアレンジ。杉真理作曲「Shall We Dance Again? ~恋する80’s~」では杉さんのポップセンスを引き立たせる CITY POP なアレンジが楽しめる。山本潤子作曲の「Blue Lagoon」は、ラテンを得意とする新川さんならではのボッサ調なアレンジが心地良い。しっとりとしたスケールの大きなバラード曲「Shoot The Moon」は今剛のギターソロも聴きどころだ。

こうやって年代を追って聴いてみると、生音から打ち込みへとダイナミックに変化した70年代後期から90年代初頭の日本の音楽シーンの移り変わりを、新川さんのアレンジから垣間見ることができる。音色に関してはその時々でかなり変化しているが、どの曲も極上のポップソングに仕上がっていてアレンジャーとしての新川さんの素晴らしさを実感する。

DU BOOKS から出版されている『ニッポンの編曲家』の中では、作曲家の林哲司が新川さんのアレンジを「決して出しゃばらず、控えめ過ぎず、ソフィスティケイトされたもの」と表現しているが、ハイ・ファイ・セットの楽曲ではそのアレンジの魅力を存分に堪能できる。

カタリベ: ケモノディスク 中村

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